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2008年05月24日

【その人が持っている哲学が、人生、会社の未来を決める】

京セラ フィロソフィー1-2

研究に打ち込んでいる中で、フィロソフィ-、人生観という
ものが非常に大事だということに、漠然と思い始めました。
私の人生も、京セラという会社の未来も、私どもが心に抱
く考え方、人生観、そういうもので決まるのではないかと
思いました。
京セラが始まった時から、私は経営のトップとして従業員
をまとめていかなければなりませんでした。従業員達をど
のように1本にまとめていくか、それは私にとっては大変な
ことでありました。
私というタガネを中心に、従業員を1本にまとめなければな
らない。その為には立派な私自身の考え方、人生観を持っ
ていなければ、決して人を惹きつけていけないだろうと思い
ました。だから、経営を続けていくためには、立派な経営を
続けていく為には、私の人生観、哲学を立派にしなければ
ならないと私は強く思ったのです。

2008年05月23日

京セラ フィロソフィー1

盛和塾の教えを紹介したいと思います。
【フィロソフィ-の大切さ】

私は京セラを作り今日まで経営するに当たり、京セラフィ
ロソフィ-というものを社員に語り、社員と共に実行してき
ました。その結果が今日の京セラを作り上げました。
 本日は秋田の開塾に当たるので、本日より京セラフィロ
ソフィ-手帳の1頁より紐解いていきたいと思います。
 紐解く前に「京セラフィロソフィ-」ということについて若
干お話しします。   私は鹿児島の生まれで、鹿児島大
学を出て、京都の会社に就職しました。会社は赤字続き
で、給料の遅配も多いそんなボロ会社でしたが、私はファ
インセラミックの研究部で研究を始めました。
あまりのボロ会社だったものなので、私は早く辞めて、違
う会社へ行こうとばかり思っておりました。しかし、大変な
就職難の時代で、会社を辞めても他の会社に簡単に就職
できることも出来ない状況でしたから、私は悶々としながら
、不満を一杯持っておりました。会社を辞めようか、どうしよ
うか、非常に悩んであげく、行くところがないことに気づき、
若いときのはけ口を研究に求めました。
結局、不平不満を外にぶつけても意味がないと思い、自分
の研究に没頭していきました。その結果、人が出来ないよ
うな、世界でも2番目という素晴らしい研究が進みました。
 そういう煩わしい、窮の状況から逃げよう逃げようと考え、
逃げるために研究に打ち込んだ。必至に研究に打ち込んだ
、実はそのことが、人生観、私なりの哲学というものをつく
っていったのです。
そしてそれをベ-スに、京セラフィロソフィ-というものがつ
くられたのです。

2008年05月22日

後出しで必勝

モチベーションアップのお話 第100話
やっと100日連続達成です。これからも
モチベーションもアップする話を載せていきます。
ありがとうございます。

後出しで必勝
 ジャンケンの究極の必勝法は「後出し」です。この「後出し」
が、お客様に商品を勧めるときには効果を発揮します。
 生命保険のセールスマンKさんは、この「後出し」に留意し、
常にトップクラスの成績です。しかし以前の彼は、自分勝手
な「先出し」によって、お客様から契約を断わられてばかりで
した。
 〈こんなにいい商品なのに、なぜ断わられるのだろう〉と悩
んだ結果、〈そうだ、相手の求めるものや悩んでいることへの
配慮がなく、ただこちらの言い分を先出ししていたからだ〉と自
分なりに答えを出したのです。
 それからは、「相手の希望は何か」「心配事は何か」などを丁
寧に引き出す努力をしていきました。そして、相手が求めるもの
に応じた商品を後から勧めるようにしたところ、自然と契約件数
が多くなっていったのです。
 「後出し」ができるのも、まずは自社の商品やサービスに惚れ
ていることが最低条件です。その上で、相手への思いやりを最
大のポイントと考えましょう。

今日の心がけ●お客様の求め(ニーズ)に応えましょう

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2008年05月20日

17「 人生は神の演劇、その主役は己自身である 」

- 人 生 神 劇 (じんせいしんげき) -
 宇宙の生命、統一の中心、万象の根源、これを神あるい
は仏と言う。
民族により、宗教により、いろいろと名称は異なり、観方は
違っているが、ただ1つの宇宙の統一力、支配者、主宰者
をいうのである。しかし神は幽なるもの、説明を越え、思惟
を絶する、感覚の外にある。言いようもなく、考えようもない。
絶対と言い、無限と言うも、光明無量又寿命無量、そうした
言葉の末で、その真をつくし得るものではない。言えばすで
にちがう。考えれば、もうこれとはなれる。
 万象は神の発顕、世界は神の顕現、人は神の性をうけて
現われ、恰も天界での星の如く、小宇宙をなし、小中心をな
して、その各々の境に於て主置に居る。
 すでに、幽なる力が顕われて万象となり、形をとった力は、
ひそんで幽界に統一する。故に幽顕一体であり、神人不二
である。
 この理を実にしたもの、これを神人合一、解脱、見神等と
名づける。
 ここまで行きついて、人は初めて真の自由を得る。自在奔
放、心の欲する所に従ってのりをこえない。幽顕に出入し、
神人に優遊して、自在ならざるはない。人かと思えば神、神
かと思えば人、神人一致である。ここに人が顕界の主となる
意義が成り立つ。
 人は生命を神にうけているが、1度生れれば、各々の自性
をうけて自由となる。この自由は、舞台における俳優の自由
である。
 人生は演劇である。劇作家、監督、演出、それは、ただ1
人でかねていて、絶好無比、周到無類、到らぬくまもなく、及
ばぬ時処もない。こうもこまかにゆきとどいたものかとおそれ
ている。その上批評もし、報酬も与え、賞罰もあるが、公平
無私、かつて1度の手落ちもなく、しすぎもない。
 この演劇は、悠久の古から永遠の未来にまで踊りつづけ
ている、大規模の幕切なしの劇である。全地上が舞台であ
り、濃藍の海と、緑の岡と、コバルトの空と、背景の美しさ。
花あり、紅葉あり、鳥鳴き、魚躍る。廻り舞台には昼夜の別
もない。
 その大演劇の主役は、己自身である。家にあっては父、
会社に出ては社員。そして旅行もあり、選挙もある。その時
、その場を、いかに、真理(神)の筋書に合するように演出し
ているか。
 役者がこの頃なまけているぞ、いや得意になりすぎたぞ。
名優は言った、「うまいと拍手されるような事ではだめだ」と。
時には他人の演ずる舞台の、観劇の場面もある。何れを見
ても、悲劇・喜劇が、演ぜられている。小説や映画などは、
この人生劇の1部を切りとって、解説した説明書である。こ
れを手引に、地球座人生劇場の、真理の芸術を、満喫して
は如何であろう。
 無料、露天大活劇、新旧、喜悲、男女、老若、とりどりの
大演劇である。そしてその主役は己自身である。
 演出の作法(ルール)は絶対倫理であり、万人幸福の倫
理である。

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2008年05月19日

16「 己 を 尊 び 人 に 及 ぼ す 」

- 尊 己 及 人 (そんききゅうじん) -
 人は案外、浅知恵である。世の中にたった1つしかない宝
を1ばん粗末にしている。その宝は、己自身である。昔、ある
アフリカ人にカッパを与えた。雨が降り出すと、それをたたん
で、わき下にかかえ、雨にぬれながら歩いて行ったという。
 着物や金などは、大切にする、けちけちする。又、人から悪
く言われたりすると腹をたてるが、その実、自分自身はいっこ
うに大切にしておらぬ。
 いわゆる保健衛生に注意せず、命を縮めていることについ
ては、ここに記すまでもない。人は働けば健康である。なま
ければ体は弱る。それに、何とかして仕事をすまい、うまい
物はたべたい、楽はしたいと願う。これを命をちぢめたいとい
う事になるのである。とりわけて、恐れ、怒り、悲しみ、ねた
み、不足不満の心、それはただに、一切の病気の原因にな
っているだけでない。生活を不幸にし、事業を不振にするも
とであり、己の不幸をまねく根本原因であることを知らぬ。
 最も己を大切にすることは、自己の個性を、出来るだけの
ばして、世のため人のために働かすことである。それには、
仕事をなまけ、研究を怠り、身をおしんでいては、とても出
来ることではない。己の一切を学問にささげ、事業に傾け、
仕事に没頭してこそ、はじめて異常の働きができる。
 己の、大きな向上、躍進、完成は、己を空しくすることで
ある、身をささげることである。ここに必ず真の幸福が添う
のである。
 己を尊ぶ心そのままを人に及ぼしてこそ、世界は尊敬
の光につつまれ、愛の慈雨にうるおされて、地上の楽土
が出現する。
 己を尊ぶの極は、ささげるにある。ここに人を尊ぶと己
の尊ぶと、一如の絶対境が現われる。ささげ尽して己が
なくなった時、一切が己となる、天地が己となる。自他一
如、捨我の絶対境である。人の喜びが、まことのわが喜
びである。世と共に喜び、人の悲しみをわが悲しみとする。
 小さい己は、消えうせて、天地と共に生きる不死永遠の
絶対境である。

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2008年05月17日

14「 希 望 は 心 の 太 陽 で あ る 」

- 心 即 太 陽 (しんそくたいよう) -
 夜が明けたから、日が出るのではない。日が出たから夜
が明けて、天地が明るく、万物が眠りからさめて、生々と活
動をはじめるのである。夜になっても、太陽はなくなったの
ではない。地球はいつも太陽の光明の中につつまれ、温
熱の胸にいだかれている。ただその半分だけは、しずかに
休ませて、明日の働きを一段とかっぱつにさせるために、
黒のヴェールでつつんでいるのである。
 希望は心の太陽である。つごうがよいから希望をもつの
ではない。一生に2度と出くわすことの出来ぬ仕事だから
希望をもつのである。天から与えられた命、親からいただ
いた体、世界にたった1つのこの肉体だから、その前途に
もえるような希望をもつのである。
 一時の苦しみ、しばしの痛み、それは更に大きく、いよい
よ健康に進み高まるための、しばしのくらがりである。これ
が去ったとき、夜あけのような光明の舞台が開ける。雨後
のような晴ればれしさがめぐってくる。夜になったといって、
だれが悲しむ者があるか。休みの時がきたのだ、すでに明
朝が近づいたのだ。必ず明日がくる。
 悲観は、雲である。憂いは、霧である。さわやかな希望
の薫風で吹きはらおう。燈火をあかるくしよう。そして高く
掲げよう。燈を太くしただけ、高くかかげただけ、必ず前途
は打ち開ける。
 今日に希望をもとう。明日に希望をもとう。前途にようよう
たる希望をもとう。仕事に、研究に、又身体に、日に月に新
たな希望にもえていこう。
 うまく行かぬから、望みを失うのではない。望みをなくする
から、崩れて行くのである。みかけがよく見えたり、悪しく見
えたりするのは、ただ表面の変化であり、一時のきまぐれで
、かえっておもしろい事である。それは、すでに大きくのびる
ための、一時の屈曲であり、高くのぼるためのふんばりであ
る。
 常に心の燈火を高くかかげ、希望を強くもやし、仕事に情
熱をこめよう。友に光を分とう。家の、村の、町の希望のみ
なもととなろう。
 国の発電所となろう。民族の太陽となろう。
 太陽の光と熱とが無限であるように、希望はいくら燈して
も尽きる日はない。いくら高めても高すぎることはない。
 あなたの仕事に、無上の希望をもちましょう。
 あなたの体を、無限の希望でつつみましょう。
 あなたの人生は、不断の希望の燈火でもえ立たせまし
ょう。
 太陽の焔、天日の輝き。
 希望は常に若々しい。
 希望は永遠の光である。

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2008年05月16日

13「 本 を 忘 れ ず 、 末 を 乱 さ ず 」

- 反 始 慎 終 (はんししんしゅう) -
 枝葉のことには気をつけるが、何事につけても本を忘れ
がちである。
初めは注意深くしっかりするが、終りは、どうにでもなれ、
やぶれかぶれだ。これは世間にありがちのことである。
スタートを切るそのとたんと、ゴールに入る一瞬、それで
一切がきまる。ただそれだけではない。
 世の中のことは、過ぎたらもうそれでよいというもので
はない。苦しんで入学試験を受けて、登校が許された喜
びの日を忘れ、勉強しようとして学問に志したことを忘れ
るから、怠ける、あやまちがおこる。
 開店の日のいきごみと、友人のよせられた厚意を忘れ
るから、少しの困難にも、気をくじかせる。終始一貫とい
うことは、成功に秘訣であるが、これが出来ないのは、
皆本を忘れるからである。
 世に、「恩を忘るな」ということがやかましく言われるの
は、本を忘れるなという意味である。食物も、衣服も、1
本のマッチも、わが力でできたのではない。大衆の重畳
堆積幾百千乗の恩の中に生きているのが私である。こ
のことを思うと、世のために尽さずにはおられぬ、人のた
めに働かずにはおられない。
 そうした中でも、最も大切な、わが命の根元は、両親
である。この事に思い至れば、親を尊敬し、大切にし、
日夜孝養をつくすのは、親がえらいからではない、強い
からではない。世の中にただ1人の私の親であるから
である。私の命の根元であり、むしろ私自身の命であ
る親だからである。
 ちちのみの父に似たりと人が言ひし我まゆの毛も白
くなりにき。 (僧 愚庵) 年をとると、年々父に似てく
る、母に似てくる。たべもの、飲もの、顔形、くせ、考え
方まで。なつかしの父母よ。
 親が病気するのは子が不幸だからである。現にこれ
に気がついて、その子が行ないを改めたため、親の不
治の病が直った体験は、『新世』誌上に次々に発表せ
られる通りである。
 ほんとうに、父を敬し、母を愛する、純情の子でなけれ
ば、世に残るような大業をなし遂げる事はできない。
いや世の常のことでも、親を大切にせぬような子は、何
1つ満足にはできない。
 親をとおして己の生命の根元にさかのぼれば、そこに
神仏にかえる。尊神崇祖、即宗教に入ることが、真の人
となるゆえんは、ここにある。
 
「立つ鳥は跡をにごさず」といわれる。あと片づけをせず、
使った道具の手入をせず、靴を揃えぬ、傘のしずくを乾
かさぬ、こうした事は身のたしなみとしての単なる作法
だとか、行儀とかと心得ているのが、これまでの考えで
あるが,これを忘れることが、いろいろの不幸の原因とな
るのである。
 ある家の子供が、もう相当な年齢もなっていても、小便
をするに所と時を選ばぬ。困りぬいたあげく、喜んで、すべ
てのあと始末をする決心をして、両親がその生活をかえた
時、ぴったりとこれが直った。子供のよだれくり、自分のも
の忘れ、犬猫等家畜の不始末等は、こうした末を顧みない
、だらしない心境の反映であることが多い。
 ただそれだけではない。こういうしりのしまりのない人々の
仕事は、多く七八分まで行って崩れる。もうだいじょうぶとい
うところでガラリと行く。そしてこれを他人のせいにし、時勢
の罪に帰せようとするが、実は、皆己の心境の反映にすぎ
ない。
 小さい事に末を乱す人は、大切な事に終りを全うしない。
その極は悲惨な死様をすることにさえなるのである。 昔の
人は死を重んじ、りっぱな死に方をしたいと念じた。正しく生
きた人でないと、美しい死に方はできぬ。見事な死にようを
した人は、見事な一生を貫いた人である。

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2008年05月15日

12「 物はこれを生かす人に集まる 」

- 万 物 生 々 (ばんぶつせいせい) -
 「物は生きている」と言ったら、半分は「そうだ」と言い、半
分は「そうではない」と言うであろう。しかし物はすべて生き
ている。着物も、道具も、機械も、金銭も皆生きている。
 大切につかえば、その持主のために喜んで働き、粗末に
あつかえば、すねて持主に反抗するだけでなく、時には腹
立てて食ってかかる。けがをするというようなことはこうした
場合が多い。
 朝ばん、道具を拝むようにして働く農夫や大工が、その道
具でけがをするというようなことはない。不足不平でぶつぶ
つ言い、機械をかたきのようにいやがり、どれいのようにこ
く使している人は、その機械の運転がまずく、時には大けが
することさえある。仕事に精根をかたむける人は、まず用具
に手入れを十分にし、用具を大切にする。
 用具をわが手足の如く大切にし、衣服をわが体の如く愛
するだけでなく、農夫は作物を、生産人はそれぞれの生産
品を、わが子の如く愛し、慈くしむ。そうした人たちによって、
この上もないよい物が、たとえようもなく、たくさんに産み出
される。
 物を象徴し、すべての財を具象したのが金銭である。金
銭は物質の中で、最も敏感な生物である。金銭はこれを大
切にする人に集まる。ある富豪は必ずドウマキをもっていて
現金は肌身はなさず大切にして旅行した。ある人は、さつ
には必ずヒノシをかけてしわをのばして大切に保存した。人
ごみの中に行った時は、金入れを必ず手でおさえていた。
 しかしこうしたことは、金銭を大切にするほんの一面で、
ほんとうに大切にすることは、むだに使わぬことであり、さ
らに金銭を生かして使うことであって、これがその頂上であ
る。
 物は、人と同じように生きている。人が徳の高い人のもと
に集まるように、物もまた少しでもよく働かしてくれる人のと
ころに集まる。物をほんとうに働かすとは、使う時思いきっ
てこれを使う事である。ケチケチするのは、金銭を生かす事
にはならぬ。大たんに、よろこんで、すぐにこれを出す。これ
は生かすこと、金を働かすことである。それで我欲の人は
金銭を自分一人のために、自分の勝手のためにのみ使い
たいという心であるから、活動したい子供たちを、親の勝手
にしばしつけておくようなものである。
 実は、金銭はその人の努力に正比例し、欲心に反比例
して集まってくる。財貨は、喜んで働く人に自然にめぐまれ
る。欲心のあるだけ差引される。
 大富豪は、実は無欲至誠の人でなければ、行けない境
地である。
 世には、報酬を要求し、金銭を請求するのを賤しい事の
ように思う人がある。取るべき金を取り、請求すべき金銭
を妥協なく要求することは、何らはずべきことでないばか
りでなく、かえって、生活にはっきりと筋道を立てる所以
がある。
 しかし人の働きは、金銭によってねうちをつけられるよ
うなものではない。又働きの時間や分量によって、いく
らいくらと計算されるようなものでもない。働く人の心―
―喜んでいるか、いやいやながら時間をつぶしているか
、まことを傾けて一心に働いているか、千差万別である。
 これをはかりにかけて一々計算したならば、一律の報
酬では不公平極まるものとなるであろう。これは一体ど
うなるだろうか。一見不合理のようではあるが、長い目
で見ていると、まことの働きによらずに得た金銭は、不
時の入費の為に飛んでしまう。あるいは又、金銭のた
めにかえって苦しむということになる。金がある為に不
幸になるのである。だから「金銭はその人の働きに応
じて、自然にめぐまれるもの」ということが、わが民族の
総合体験であり、我等が会得した人倫の哲理である。
 一方、欲がなければ金銭にめぐめれぬと言う事も、一
応考えられる事である。なるほどごう欲な人は金をため
る。しかし金の為に、その人は幸福になったか、苦しむ
事はなかったか。人からの恨みによって不幸に陥らな
かったか。世にそうした不浄な金のために苦しむ実例
は多い。
 ほんとうに身につく金銭を得る人は、無欲の人であ
る。大事業家は、無欲の人である。事業は欲心で左
右されるようなものではない。ただせずにおられず、仕
事そのものがすでに無上の喜び、無限の恵みであっ
て、歓喜に満ちて働く、そこに事業はおのずから成功
し、金銭は自然に集まるのである。
 二宮尊徳先生が、弟子に示したたらいの水の例話
のように、欲心を起して水を自分の方にかきよせると、
向うににげる。人のためにと向うにおしやれば、わが
方にかえる。金銭も、物質も、人の幸福も亦同じこと
である。

 物はこれを愛する人によって産み出され、これを大
切にする人のために働き、これを生かす人に集まっ
てくる。すべて生きているからである。

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2008年05月14日

11「 物はこれを生かす人に集まる 」

- 万 物 生 々 (ばんぶつせいせい) -
 「物は生きている」と言ったら、半分は「そうだ」と言い、半
分は「そうではない」と言うであろう。しかし物はすべて生き
ている。着物も、道具も、機械も、金銭も皆生きている。
 大切につかえば、その持主のために喜んで働き、粗末に
あつかえば、すねて持主に反抗するだけでなく、時には腹
立てて食ってかかる。けがをするというようなことはこうした
場合が多い。
 朝ばん、道具を拝むようにして働く農夫や大工が、その
道具でけがをするというようなことはない。不足不平でぶ
つぶつ言い、機械をかたきのようにいやがり、どれいの
ようにこく使している人は、その機械の運転がまずく、時
には大けがすることさえある。仕事に精根をかたむける
人は、まず用具に手入れを十分にし、用具を大切にす
る。
 用具をわが手足の如く大切にし、衣服をわが体の如
く愛するだけでなく、農夫は作物を、生産人はそれぞれ
の生産品を、わが子の如く愛し、慈くしむ。そうした人た
ちによって、この上もないよい物が、たとえようもなく、
たくさんに産み出される。
 物を象徴し、すべての財を具象したのが金銭である。
金銭は物質の中で、最も敏感な生物である。金銭はこ
れを大切にする人に集まる。ある富豪は必ずドウマキ
をもっていて、現金は肌身はなさず大切にして旅行し
た。ある人は、さつには必ずヒノシをかけてしわをのば
して大切に保存した。人ごみの中に行った時は、金
入れを必ず手でおさえていた。
 しかしこうしたことは、金銭を大切にするほんの一面
で、ほんとうに大切にすることは、むだに使わぬことで
あり、さらに金銭を生かして使うことであって、これがそ
の頂上である。
 物は、人と同じように生きている。人が徳の高い人の
もとに集まるように、物もまた少しでもよく働かしてくれ
る人のところに集まる。物をほんとうに働かすとは、使
う時思いきってこれを使う事である。ケチケチするのは、
金銭を生かす事にはならぬ。大たんに、よろこんで、す
ぐにこれを出す。これは生かすこと、金を働かすことで
ある。それで我欲の人は金銭を自分一人のために、自
分の勝手のためにのみ使いたいという心であるから、
活動したい子供たちを、親の勝手にしばしつけておくよ
うなものである。
 実は、金銭はその人の努力に正比例し、欲心に反
比例して集まってくる。財貨は、喜んで働く人に自然
にめぐまれる。欲心のあるだけ差引される。
 大富豪は、実は無欲至誠の人でなければ、行けな
い境地である。
 世には、報酬を要求し、金銭を請求するのを賤しい
事のように思う人がある。取るべき金を取り、請求す
べき金銭を妥協なく要求することは、何らはずべきこ
とでないばかりでなく、かえって、生活にはっきりと筋
道を立てる所以がある。
 しかし人の働きは、金銭によってねうちをつけられる
ようなものではない。又働きの時間や分量によって、
いくらいくらと計算されるようなものでもない。働く人の
心――喜んでいるか、いやいやながら時間をつぶして
いるか、まことを傾けて一心に働いているか、千差万
別である。
 これをはかりにかけて一々計算したならば、一律の
報酬では不公平極まるものとなるであろう。これは一
体どうなるだろうか。一見不合理のようではあるが、
長い目で見ていると、まことの働きによらずに得た
金銭は、不時の入費の為に飛んでしまう。あるい
は又、金銭のためにかえって苦しむということにな
る。金がある為に不幸になるのである。だから「金
銭はその人の働きに応じて、自然にめぐまれるも
の」ということが、わが民族の総合体験であり、我
等が会得した人倫の哲理である。
 一方、欲がなければ金銭にめぐめれぬと言う事
も、一応考えられる事である。なるほどごう欲な人
は金をためる。しかし金の為に、その人は幸福にな
ったか、苦しむ事はなかったか。人からの恨みによ
って不幸に陥らなかったか。世にそうした不浄な金
のために苦しむ実例は多い。
 ほんとうに身につく金銭を得る人は、無欲の人で
ある。大事業家は、無欲の人である。事業は欲心で
左右されるようなものではない。ただせずにおられず、
仕事そのものがすでに無上の喜び、無限の恵みであ
って、歓喜に満ちて働く、そこに事業はおのずから成
功し、金銭は自然に集まるのである。
 二宮尊徳先生が、弟子に示したたらいの水の例話
のように、欲心を起して水を自分の方にかきよせると、
向うににげる。人のためにと向うにおしやれば、わが
方にかえる。金銭も、物質も、人の幸福も亦同じこと
である。

 物はこれを愛する人によって産み出され、これを大
切にする人のために働き、これを生かす人に集まっ
てくる。すべて生きているからである。

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2008年05月13日

10「 約束を違えれば、己の幸いを捨て他人の福を奪う 」

- 破 約 失 福 (はやくしっぷく) -
 「きめごと」というのは、大の天体の運行、四季、昼夜め
ぐり、小は火、水、電気などについてのことなど、これまで
学者が研究し、発見したすべての法則。それは、はずれ
るとすぐけがをする、損をする。夜は燈がないと仕事がで
きぬ。雨の日に傘がないとぬれる……。
 火はやけどをするし、電気はビリリと来る。こうした自然
の約束は、知る限りは必ず守る。守らぬと身を亡ぼし、
命を失う。
 人のきめた約束はどうであろうか。いかめしい手つづき
できめた法律、あるいは人がよりあって定めた、いろいろ
の規約、これは人のきめたものだから、守る守らぬは、
そんなに厳密なものではない。時によると、うまくのがれ
れば得をするといったふうに、人のきめごとは、あまく見
ている。これは大変な誤りである。法律も、規約も、人が
何人か集まって、同じ目的で仕事をし、生きて行く為に
は、なければならぬきめごとである。だから、破れば皆
が困り不幸になるということは分る。が、これを破ったか
らとて、知れねばそれだけ得をすると考えるのが、低級
な間違った常識である。たとえば、さぎ、どろぼうが、働
きもせずに、もうけてよかったと思うようなものである。こ
とに、いわゆるやみで儲けた、と得意になっているような
ものである。
 これは、大変な考えちがいで、少し目を洗い、耳をそう
じして世間を見ていると、法網をくぐって出来た金銭、財
産は、その人の身につかぬのみか、かえって、その人を、
家を不幸にする。それこそ、1件の例外もなく、1人のも
れもない。少しく頭のよい注意深い人は、これを一々の
実例に見て、天の記録の精密さ、そのむちのきびしさに
襟を正す。天をおそれることはこの事である。
 これ以外に、普通約束といえば、何かある時、人と人
とが約束したこと、きめたことと、考えられている。これも
亦、破約の場合、間違った人は別に損得はないが、破
られた方が損をすると考えられている。これも見かけの
上の事で、破った方は、守らなかった責任がある。これ
がただ道徳上の責任というだけですむように思われて
いる。それが実はそうではない。破った方が、必ずその
責めを分担せねばならぬこと、いやでもきらいでも、そ
の責めを実際生活の上に負わされて、困りぬいている
実例の多いことは、この絶対倫理の一々実証している
ところである。
 とりわけて、きびしい破約に対する天の刑罰は、親子
夫婦等の血縁の間の「きめごと」である。これは、まだ
世に明かにされていない、ひめごとの幕に包まれてい
る。絶対倫理はこの秘密の扉を開いて、血縁のきめご
との誤りから来た肉体上の苦痛を、見事に解決してい
る。
 ことにきめごとの中で、時間を守るという、文化人とし
て最初のテストに見事に落第した日本人は、今日ただ
今を期して、まず時間を正しく守ることからはじめて、生
活をたて直さなければ、再びその時は来ないであろう。

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2008年05月09日

6「 子は親の心を実演する名優である 」

- 子 女 名 優 (しじょめいゆう) -
 子供は親そのままである。顔形から、身ぶりから、言語
の言いぶりから、くせに至るまで……。
 どんな上手な彫刻家も、これほどうまく似通った肖像を
制作することは出来ない……と思われるほど、よく似てい
る。 ここまではだれでも知っている。けれども、親子はま
だまだ思いも及ばぬところまで、同じであることに気がつ
かぬ。
 生れて間もない子供でも、母親が忙しい時には心落ち
着かず、両親に心配事があるとよく眠らぬ。大きくなるに
つれて、両親がその年頃にした通りの事を繰り返す。又
今している事を行ない、心に思っている事でさえ、そのま
ま親の身代わりに実演する。
 こうしたことは、これまで心理学者も、教育学者も全く
知らなかった。そのためにどれほど子供に無理を言い、
その個性を摘み取り、希望の芽生えを焼き枯らしたか知
れぬ。子供の体質も、性質も、ことごとく両親にこれをうけ
、くせも、日々の行ないも、12、3歳までは、全部両親の
心行ないの反映である(時によると、祖父母や、学校の先
生や、その外の人達の影響もあるが)。だから子供が手に
負えぬ、悪くて困るという時、その原因はことごとく両親に
あると知って、自分を改め、夫婦が明朗愛和に帰る時、子
供たちにはゆびいっぽんふれず、一言も言わなくとも、りっ
ぱに直ってしまう。風がたてば、さわさわと音を立てて騒
いでいた竹林が、風の止んだそのしゅん間、すっかり静ま
ってしまうように。
 子供自身に、あらわれた病気でさえも、例学なく、親の
生活の不自然さが反映したまでである。これを知ったら、
世の人々は、どれほど驚くことであろう。又どれほど安心
することであろう。こうした事が、うそかまことか、それは
人に聞くまでもない。子を持つ世の親たちは、自分自分
のこれまでの生活と、子供たちの性質なり、することなり
を、静かに観察すれば、はっきりとすることである。
 親たちは上べを飾り、人前をつくって上品に暮していて
も、子供たちは、堂々と、つつみかくしなく、親の心を実
演する。
 家は、その小さな名優の舞台である。

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2008年05月08日

5「 夫 婦 は 一 対 の 反 射 鏡 」

- 夫 婦 対 鏡 (ふうふたいきょう) -
 人は男性と女性と、なぜ二様になっているのであろうか。
これは、人に限らず、陰と陽と、+(プラス)-(マイナス)と
二通りの対立と、その合一によって、万象(すべてのもの)
を、生命を、幸福を生み出すように出来ている。生成発展
(うみいだし)は、相反する二つの力がとけあって一つにな
ったとき生れる。
 夫婦は合一によって、無上の歓喜の中に、一家の健康
と、発展と、もろもろの幸福を産み出す。ただに子女を設け
て、子孫繁栄のもとを成すばかりではない。
 こう見てくると、男女は、その肉体は相反し、相補うよう
に出来ていて、ピタリと合一するようになっているが、その
心はどうであろう。
 結婚の当時はうまくいくが、次第に離れて、全くはんた
いの方向にさえ行ってしまう事がある。そうなると、家の
ことは、ちぐはぐになって、仕事も商売もうまくいかなくな
る。
 それがこれまでは、仕事の方ならば夫のせいにし、又
子供のことなどは妻の責任にした。これが実は大まちが
いである。すべてが、夫婦の心の一致しているかいない
か、にかかっているのである。
 これが新しい倫理の一つの大きい特色(ちがい)であ
る。夫婦の一致和合こそは、幸福のもとである。どうした
ら完全な一致が出来るであろうか。
 これまでは、妻は夫を改めさせようとし、夫は妻をやか
ましく言った。それが大まちがいであった。夫婦は互い
に向いあった反射鏡である。
 夫が親愛の情にもえてやさしくすれば、妻は尊敬信頼
して、世の中に夫より外に男性はないと、ただ一途に夫
にたよる。この時夫は又、世に妻より外によき女性はな
いと、愛情をかたむける。そして明朗愛和、常に春のよ
うな、なごやかな家庭がつくられる。反対に夫がいばり
すぎ、封建思想をふりかざすと、妻は小さくなって、内に
こもって亀のように強情になる。妻が出しゃばり高ぶって
やってのけると、夫は猫のようによわよわしく、ゆうじゅう
ふだんになり、どこに行っても馬鹿にされる。
 互いに照らす一対(いっつい)の反射鏡、見事によくそ
ろった夫婦が、どこにもここにも百面相を展開している。
夫婦が互いに相手を直したいと思うのは逆である。
ただ自分をみがけばよい。己を正せばよい。その時、
相手は必ず自然に改まる。
夫婦は、いつも向いあっ
た一組の鏡である。

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2008年05月07日

4「 人 は 鏡 、万 象 は わ が 師 」

- 万 象 我 師 (ばんしょうわがし) -
 人は人、自分は自分と、別々のいきものだと考えるところ
に、人の世のいろいろの不幸がきざす。実は人はわが鏡で
ある。自分の心を映す影像(えいぞう)にすぎぬ。山彦(やま
びこ)のよべば答える、それにも譬(たと)えられる。にこにこ
して話しかけると、相手は笑みかけて答える。大声でどなれ
ば、むっとしてにらみかえす。物売りが来る。「イラナイヨと、
つっけんどんに言うと、ピシャリと戸を引きしめて出て行く。
 親子、夫婦、交友、隣人、すべてがわが鏡であって、わが
心のままに変って行く。
 今日(こんにち)までは、相手の人を直(なお)そうとした。
鏡に向かって、顔の墨をけすに、ガラスをふこうとしていた
ので、一こうにおちぬ。自分の顔をぬぐえばよい。
人を改めさせよう、変えようとする前に、まず自ら改め、
自分が変わればよい。

 これをひろげていくと、人の世のすべては、自分の鏡であ
り、さらに草木も、鳥獣も、自然の動きも皆、わが鏡である
ことが判ってくる。作物も、家畜も、わが心の生活をかえれ
ば、その通りに変わってゆく。
 それだけではない。私をとりまく大自然は、ただわが鏡と
いうそれだけではない。求めれば、何事でも教えてくれない
ものはない、無上のわが師である。
 自然は真理の百科辞典、書籍(ほん)はその牽引(インデ
ックス)である。万象は真理の顕現(けんげん)であ
り、芸術の開花である。
目を開いてこれを見、口を
すすいでこれを味わい、心を空にしてこれに対するとき、興味
津々(きょうみしんしん)、地上は喜びの楽土と変わってくる。
 古人は言った、「万象是我師(ばんしょうこれわがし)」と。ま
じめにこれに師事(しじ)して尋ねる人には、正しく答えてくれ
る。昔の人は天を父、地を母とよんだ。父母はその子の求め
には、何物をも惜しまず与える。与えられぬのは、ま心からこ
れを求めないからである。この求め方を教えるのは古(いにし
え)の哲人(てつじん)であり、今の学者であり、これを伝えた
のが書籍(ほん)である。
 だから書籍(ほん)は、これを暗記していたところで、それは
インデックスを覚えているに過ぎぬ。学問は信じ過ぎるも愚で
あり、けいべつするも馬鹿である。
 「太上(たいじょう)は天を師とし、其次(そのつぎ)は人を師
とし、其次(そのつぎ)は経(けい)を師とす。」 (『言志録』

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2008年05月06日

3「 運命は自らまねき、境遇は自ら造る 」

- 運 命 自 招 (うんめいじしょう) -
 人の一生は、運命という、どうすることも出来ない力で、き
まった道筋を引きずられて行くものである、というように信じ
ているものがある。そして生まれた年月日、又時間がわか
れば、その人の一生はすっかりわかるなどと言う者さえあ
る。「運は天にあり」とか「果報は寝てまて」とか言うのは、
そうした考えからであろう。
 しかし、いやしくも人の関係する仕事で、すてておいて、手
をこまぬいて、わきから見ていて出来る仕事がどこにあるだ
ろうか。自然の現象(しぜんのこと)は定まった法則に従って、
一糸乱(いっしみだ)れず運んでいる。天候に大部分の運命
がかかったように見える農業や漁業でさえ、ほうっておいて
は田畑は草野となり、魚群(うお)はにげてしまう。ましてや
生産も交通も、教育も宗教も、何一つすてておいてできるこ
とはない。
 毅然と立って行えば運は開ける。
 「運は勇者を寵愛(ちょうあい)す。」 (ヴァージル)
ぐずぐずしておれば、その機会(とき)は去って二度とかえっ
てこない。
 「機会(チャンス)は前頭(まえがしら)だけに髪毛(かみの
け)があり、後頭(うしろあたま)ははげている。もしこれに出
あったら前髪を捕らえよ。一度にがしたら、神様でもこれを捕
らえることは出来ぬ。」 (ラブレー)
 目の前にきたあらゆる機会(とき)をとらえて、断乎として善
処する人、一度こうと目的を定めたら、終始一貫やってやりぬ
く人、これが世に言う成功者である。
 「天は自ら助くる者を助く。」
ぐずぐずして、いくらその時があっても手を出さぬ。何か困るこ
とがあると、ぐったりしてすぐ止める。これは世の弱者であり、
敗残者である。塙保己一(はなわほきいち)が、日々「般若心
経(はんなしんぎょう)」を読んで心をむちうち、大『郡書類従
(だいぐんしょるいじゅう)』を編(へん)さんしたその努力、ヘ
レン・ケラー女史の師のサリバンが、いかにそのチャンスを
捕らえて教育して、この三重苦(さんじゅうく)の大天才を生
み出したか。これを思うと、盲目という一見不遇のさだめは、
一転して大きい幸運と輝きわたった。
 「各人の運命は各人の手中にあり。」 (シドニー・スミス)
従って境遇も、あらかじめ、そうしたさだめがきまっていて、
その中に入って行くのではない。その人の心の通りに、境
遇の方が変わるのである。現に憂うつ性の人が集まって、
しめっぽい話をしている。座はいよいよ打ち沈む。ここに世
に心配をしらぬ青年が、呵々(かか)と大笑して入ってくる。
一座は急に停電後点燈したように明るくなる。
 よわり目にたたり目、泣き面(つら)に蜂、心が打ちしめれ
ば、その環境は、梅雨時(つゆどき)のように打ちしめり、か
つ然として心が打ち開ければ、天地一碧(てんちいっぺき)、
ようようたる大宇宙が打ち開ける。
 運命を切り開くは己である。境遇をつくるも亦自分(また
じぶん)である。己が一切である。努力がすべてである。
 やれば出来る。

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2008年05月01日

一病息災

モチベーションアップのお話 第79話
 「一病息災」という言葉があります。何か一つ持病があっ
たほうが健康に注意し、かえって長生きができるという意
味ですが、健康で過ごしている人ほど我が身に対する気
づかいを忘れているようです。
 Mさんは、毎年行なわれる定期健康診断の結果が、年
とともに少しずつ悪化傾向にあることを知り、以前にも増し
て健康に注意するようになりました。必要以上に動物性蛋
白【たんぱく】は摂らず、できるだけ野菜を多く食する。その
ときの雰囲気にまかせて暴飲暴食はしない、などの心が
けです。
 暴飲暴食をして健康を害したという人が時折見られます
が、健康を取り戻すとまた同じことの繰り返し。当初は一
過性であった体調不良が、回を重ねるにしたがって慢性
化し、取り返しがつかなくなっていくようです。
 「医者の不養生」などと言われるように、健康の大切さを
分かっている人ほど、注意を怠るようです。大事に使えば、
生涯にわたって役立つ働きをする我が身です。健康を維持
するために、意志を強固にして摂生【せっせい】していきた
いものです。


今日の心がけ●健康のありがたさを知りましょう
当社も最近、病気で休んでいる社員がいます。
健康が土台ですので、しっかり体を直し、心も鍛え
てやっていきたいですね。

2008年04月30日

忙しい時ほど

モチベーションアップのお話 第78話
 仕事を続けていく中では、多忙を理由に家族間のコミュ
ニケーションを疎【おろそ】かにしてしまうケースもあるよう
です。
 内閣府が行なった意識調査によると、家族間で大切に
していることとして約6割の人が「家で一緒に食事をする」
を挙げ、また今後大切にしていきたいこととしては「親の
面倒をみる」がトップという結果が出ました。
 一方で、家族間の会話については1割強が「あまりして
いない」と答え、「仕事が忙しく一緒にいる時間が少ないか
ら」などを理由として挙げています。
 仕事に集中したい時に、同時に家族とのコミュニケーシ
ョンを深めるのは、なかなか難しいことかもしれません。し
かし多忙だからこそ、意識して家族との心の交流を図るこ
とが、閉塞的になりがちな自らの心を解放するよいきっか
けになることもあります。
 常に平常心で仕事に取り組むためにも、日頃から家庭
と仕事のバランスを保ちながら日常生活を続けていきたい
ものです。


今日の心がけ●家族とのコミュニケーションを大切にしま
しょう・・・・・・頭痛い言葉ですね(>_<)

2008年04月29日

事実を直視しつつ真実を見定める

モチベーションアップのお話 第77話
                     今週の倫理535号より
 企業コンサルタントの松浦氏は、人と会うことが仕事の大
半を占めます。今でこそ人並のコンサルタントになったもの
の、かつては若気の至りで数知れぬ失敗を重ね、その都
度多くの方々に導かれ、育てていただいたのです。そんな
松浦氏にとり、忘れたくとも忘れられない人物にK氏がい
ます。
 K氏は北陸の小さな町で、生鮮食品を中心とした店を経
営していました。見るからに人の良さそうな好人物で、周
囲の人間が無理難題を持ちかけても、一切それに逆らわ
ず、いつもニコニコしているのです。
 松浦氏も時々、担当地域の会員増強が思うように進ま
ないと、厳しい声で「Kさん、申し訳ないが、一人で百名
程度増強してください」と声を掛けます、するとK氏は、間
髪入れずに「ハイ」と返事をするのです。 普通であれば、
「自分だって仕事をしている身です。そんな時間も金もあ
りません」と反論してもおかしくないのですが、ものの見
事な受けっぷりなのです。
 ただしK氏の最大の欠点は、受けても実行に移したた
めしがないことでした。周囲は、そんな氏の性格を知っ
ていたため、どこか見下すような思いで接していたよう
です。若い松浦氏も、K氏は返事ばかりで頼りにならな
い人物であると思うようになっていきました。
 ある雪の舞う冬のこと。松浦氏は仕事を終え、宿への
戻り道で、小さな川に架かる橋を渡っていました。なにげ
なく川面に目を向けた時に、飛び込んできたものがあり
ます。雪の舞う川の中に膝まで浸かり、一所懸命に洗い
物をしている人がいます。こんな凍えるような中で、いっ
たい何をしているのだろうと目を凝らすと、なんとそれは
K氏その人だったのです。
思わず松浦氏は、大きな声で「Kさん!」と呼びかけまし
た。K氏は悪戯っ子が悪戯を見られたように、チョコンと
頭を下げるだけでした。
 松浦氏はK氏のことが心にかかり、周囲に何気なく氏の
ことを尋ねてみました。K氏の母親は数年前に倒れ、全身
マヒで寝たきりの生活。下のほうの世話を嫁であるK氏の
妻がやろうとすると、「私は嫁の世話にはならん」と拒むた
め、長男であるK氏がその世話をしている。洗い物がたま
ると、シーツやオシメの下洗いのために、川の中で洗濯を
しているとのことでした。
 松浦氏は一瞬、頭を殴られたような感覚にとらわれまし
た。〈自分はどれだけK氏のことが分かっていただろう。表
面だけを見て、あの人物はこうだ、ああだと決めつけてい
た〉と、浅薄な自分を恥じたのです。
 世の中には「事実」と「真実」があります。事実は実際に
起きた事柄で、あの時あなたはこう言った、ああ動いたなど、
確かに間違いはないことです。しかし必ずしも事実が真実
ではないことを、私たちは心せねばなりません。事実の奥
に隠された部分に、本当のものが潜んでいることがありま
す。その真実を突きつめる作業が、経営者には不可欠なの
です。 人の痛みや悲しみを共有できる感覚を磨くためにも、
相手の立場に立ってものを考え、行動することを銘肝したい
ものです。

2008年04月28日

報告しましたけど

モチベーションアップのお話 第76話

 Tさんが上司宛ての電話を受けた時のことです。あいに
く上司が不在だったため、相手の用件を聞き、折り返し電
話する旨を伝えて電話を切りました。
 上司が戻るとすぐに、Tさんは電話の用件を口頭で伝え
ましたが、上司は生返事をして、また別の用件であわただ
しく席を外してしまいました。
 夕方になって再度同じ相手から電話があり、今度は上司
が受けましたが、相手は急ぎの用件に対して長く待たされ
たことに、ひどく立腹している様子です。電話を終えた上司
は「なぜきちんと報告しなかったのか」、Tさんを叱責しました。
 <;報告しましたけど・・・>と口に出しかけて、ハッとしたTさ
ん。実は電話を受けたあと、<;メモを残したほうがいいかな>
と思いながらも、忙しさにまぎれてメモを残さず、口頭のみの
報告をしてしまい、結果として伝わらなかったのでした。
 「言った、言わない」のトラブルは、証拠がないだけに水掛
け論に終始し、お互いに嫌な気分になるばかりか、職場の
士気をも低下させてしまいます。
 以来、Tさんは伝言メモを活用して、報告・連絡のミスを防
いでいます。

今日の心がけ●大事なことはメモを残しましょう
報・連・相を基本動作にのっとり、しっかりやりましょう!

2008年04月26日

私の法則

モチベーションアップのお話 第74話

「仕事を楽しくするのは自分」「秘密はなるべく早く忘れる」
「認められるには人の倍働く」などを、帝国ホテル客室課マ
ネージャー小池幸子【こいけさちこ】さんは「私の法則」とし
て46年間守り続け、定年後の今も特別社員として働いて
います。 小池さんは一年間に延べ1500人のお客様と接
します。「相手の求めを察し、常に先回りして動く」ことをモッ
トーとし、「あなたがいるからこのホテルに来るのよ」「話を聞
いてもらうだけで救われます」と言って訪れる小池ファンは
跡を絶たないそうです。
 一日の三分の一の時間を職場に費やす私たちが、そこで
楽しく働きまた周囲の人たちからも慕われるようになるのは、
なかなか難しいことかもしれません。それだけに小池さんの
「法則」は、長年の経験の中から生まれた重みのある言葉
に違いありません。
 豊かな人生を送るために、私たちも日々の職場生活の中
から楽しみを見いだし自分なりの法則を掴【つか】みたいも
のです。

今日の心がけ●楽しく働く工夫をしましょう

2008年04月24日

『効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法』

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コンサルタントの草間先生の推薦図書を読ましていただきました。

著書の勝間和代さんを調べますと、経歴が、慶應義塾大学
商学部卒業。早稲田大学ファイナンスMBA。中等部からの
慶應生で会計士を目指して大学では商学部に進学。
在学中、19歳で公認会計士試験2次試験に合格
(当時の最年少記録)。
学生時代は太田昭和監査法人(現在の新日本監査法人)に
勤めるが、ワーキングマザーとしての働きにくさから外資系に
転職。新卒で就職したアーサー・アンダーセン(3年9ヶ月)から、
ケミカル銀行(現在のJPモルガン・チェース)(3年)、マッキンゼ
ー(5年半)、再びJPモルガン・チェース(4年3ヶ月)を経て、経済
評論家として独立。並行して早稲田大学商学研究科の博士
課程に在学。

内閣府男女共同参画会議「仕事と生活の調和(ワーク・ラ
イフ・バランス)に関する専門調査会」の専門委員、総務省
「ICT成長力懇談会」メンバー。

2005年にウォール・ストリート・ジャーナル「世界の最も注目
すべき女性50人」に選ばれる。

2006年には、エイボン女性大賞を歴代最年少で受賞してい
る。

21歳で出産し、3女の母。2回の離婚を経験し、現在は独身。
ワーキングマザー歴は18年である。朝日新聞別刷土曜版be
で「勝間式『自分ナビ』宣言」をコラム連載する。
ほか、日経マネー、日経ビジネスアソシエ、日経新聞「勝間
和代のITマーケットウォッチ」などにも連載を持つ。

健康オタクであり、会社勤めをしていた頃のストレス解消手
段であった酒もタバコもやめ、フィットネスクラブに欠かさず通
い、日中はほとんどロードレーサーで移動、マスコミに登場し
ない日はほとんどノーメイクで過ごしている。
資格などの勉強について、「リスニング」や「アウトプット」の重
要性を説くなど、独自の勉強法を確立しているほか、会計やフ
ァイナンスについても、専門知識を著書でやさしく説明すること
を試みている。親指シフトやマインドマップの推奨者としても有
名。本などの執筆については「私は本については、書く努力の
5倍、売る努力をするということを決めています。」とのこと。

独立した2007年から著作活動を活発化している。2007年4
月発売『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』(ディス
カヴァー21)、2007年11月発売『お金は銀行に預けるな』(光
文社)、2007年12月発売『効率が10倍アップする新・知的生
産術』(ダイヤモンド社)と3作が発売1ヶ月以内に10万部を突
破し、出版業界でも話題となった。
 著者を軸としたファン読者が多いのが特徴で、2007年12
月に、2007年に発売した単著作 5作を同時にアマゾンの
ベストセラー25位以内にランクインさせているほか、2008年1
月には、『お金は銀行に預けるな』と『効率が10倍アップする
新・知的生産術』も同時に、アマゾン和書総合の1位、2 位と
なる、Book1stや三省堂、丸善などで両書がそれぞれ新書と
ビジネス書の1位に同時になるなど、ある種のブームの様相
を呈している。
 週刊ダイヤモンドでは2008年2月9日号で「年収が20倍増え
た仕事術『グーグル化』知的生産革命」という特集を組み、実
質「勝間和代特集」として、P34の異例の長さを費やしている。
また、女性も「出世」を目指すべきとし、女性向けキャリアアッ
プセミナーなどで数多くの講演を行い、働く女性を支援してい
る。

という才女で、超一流のビジネスウーマンである為、一般のサ
ラリーマンとはあまりにもかけ離れたビジネススタイルだと感じ
という意見も多いようですが、でも、「あっ自分と同じことしてい
る。」というところもありましたので、以下列記します。

・例えばモバイルパソコンを持ち歩いている
・毎日、体重計に乗っている
・ブログを熱心に書いている
・タバコをやめた
・酒をのまない(私は、あまり飲めませんが本当です)
                              等々

特に関心をひかれたとのは
・自分の学びを常に数字に置き換えるクセをつける

 ビジネスの場で数字が重要視されるのは、誤解が少ない
ためである。したがって、いろいろな学びについて、頭の中
でいろいろと数字や金額に置き換えることで、他者との共
有もしやすくなるし、自分の行動や考え方についても整理
がしやすくなる。
勝間さんが、証券アナリスト時代、IT関連企業を理解する
ために自分でインターネットサイトを開設し、収益性を計算
しているところが、1番印象深いところでした。

・情報はお金より大切だという考え方
・ピラミッドストラクチャーとMICEのメソッド
・Give5乗の法則
・資本主義において、賢くない人は賢い人から搾取される
・本代をケチるな・・・ 毎月15万はだせないですが
      4-5千円なら出そう!!
・睡眠は投資・・・・昔は4時間睡眠のときもありましたが、
            いまは6時間を寝てます。
・フレームワーク力
・「アウトプット」の重要性・・ 知識だけではいけない、それを
              いかに外にお披露目できるかが重要
・付録          実はすごいこれがすばらいし!勝間さ
             んのノウハウが惜しみなく披露!!

上に目指す人は、非常に参考になる本でと思います。何よりも
非常に読みやすい文章である。これはさすがと思いました。
私も、長期プランですが自分の得意分野の世界で、本を執筆
して、世界を変えたいと決意しました。(笑)

2008年04月23日

笑顔(^-^) の効用

モチベーションアップのお話  第72話
 仕事でミスをしたときに、どうしたら明るく前向きになれる
でしょうか。
 Kさんは、よく仕事でミスをします。そして上司に叱られる
のですが、いつまでもくよくよしません。ミスの原因を謙虚
に反省したあとは、もう次の仕事に集中しているのです。
 Kさんは人柄のよさから、職場の誰からも好かれていま
す。人の陰口や悪口はいっさい言わず、同僚の長所を見
いだしてよく褒めます。そして何より素晴らしいのは、いつ
も笑顔を絶やさないことです。
 鎌倉時代の仏教説和集『沙石集』に、「握られた拳、笑
む顔にあたらず」という言葉があります。「笑っている顔を
拳で殴る人はいないものだ」という意味です。拳は相手と
対立する怒りの感情です。笑顔は相手を受け入れるとい
う表れです。
 職場の空気を和やかにするKさんのような人物があなた
の職場にはいますか。もしいなければ、まず自分から笑
顔をつくりましょう。あなたの笑顔は、暗い職場を明るく照
らす太陽となるでしょう。

今日の心がけ●笑顔をつくりましょう
(*`ε´*)な顔よりこんな顔(^-^) ですね

2008年04月22日

人となるには  『菜根譚』

モチベーションアップのお話し 第71話

 中国の明代末期に生きた洪自誠は、その著『菜根譚』の
中で、「友と交わるには、すべからく三分の侠気を帯ぶべし」
と述べ、続けて「人となるには、一点の素心を存するを要す」
と記しています。
 「侠気」とは、利害打算を超えて行動する心意気のことであ
り、昔から弱さを助け強きをくじく任侠道の原点ともされてき
ました。「三分」とは、ほどほどのバランス感覚でということで
しょうか。友を助けるのは良いのですが、押しつけになっても
いけないということです。
 「素心」とは、何の偏見を持たず素直に物事を受け入れる純
真な心で、真の人となるために大切な要素であり、それが侠
気の元でもあるでしょう。
 私たちの社会は、基本的に「ギブアンドテイク」によって成り
立っていますが、すべて損得勘定で働くというのも、それは寂
しいものです。
 困っている人がいても見て見ぬふりをする人が増えていると
言われる現代ですが、大いに侠気の精神を発揮して、ギブの
精神に徹していきたいものです。

今日の心がけ●積極的に人を助けましょう

勝間和代さんの本には「ギブ5乗」の法則が書かれています
ギブを与え続けることが、実は1番の近道になるのも知れません。

2008年04月21日

義足のハイジャンパー

モチベーションアップのお話し 第70話

 Sさんは高校時代、ハンドボールの選手として活躍し、チ
ームが全国3位となり、将来を嘱望【しょくぼう】されている
身でした。
 しかし高校卒業を目前にして、交通事故に遭ってしまい
ました。右足を膝下から切断し、義足の装着を余儀なくさ
れたのです。
 義足を装着すると、思うように歩くことができません。そ
れでもくじけずに、車いすを選ぶのは最後の選択肢と肝
に命じて、リハビリに専念しました。
 事故から一年後、陸上競技場へ足を運んだことが大き
な転機となり、競技をスタート。走り高跳びの選手として、
いきなり当時の身障者日本記録を更新し、7年後には世
界で3人目、アジアでは初の2メートルジャンプに成功し
たのです。
 「自分が一番輝けるステージがスポーツの場」と語るS
さん。夢を叶えるためには、夢に向かって長く努力を続け
ることだと信じ、将来は健常者と同じ舞台に立つ夢を思
い描いています。
 あれこれと不足不満を言うよりも、自らの可能性を信じ
て前進しましょう。

今日の心がけ●できることから始めましょう

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2008年04月20日

言葉は魔術

モチベーションアップのお話 第69話
 日本では昔から、言葉には「言霊」【ことだま】が宿ってい
ると思われてきました。現代においても「言葉というものは
魔術を忍ばせている」と言う人がいます。
 放送原稿の朗読で高い評価を得てきた、元NHKアナウン
サーの加賀美幸子【かがみさちこ】さんもその一人です。 

 働く女性にとって家庭と仕事の両立は大きな問題ですが、
彼女は「気持ちは仕事も家庭も100%」と言い続けてきた
そうです。現実に子育てや仕事で苦労することがあると、
その苦労しているときが100%の状態と捉えてきたのです
 「大変だ大変だと口に出して言っていると、本当に大変な
状態になってしまう。大変なのは当たり前と言っていると、
不思議とそれが当たり前に思えて辛くなくなる」と言うのです。
 心に優しく染みる独特の語り口には大勢のファンを持つ加
賀美さんですが、それも一朝一夕にして得たものではありま
せん。明るい言葉の持つ「魔術」に励まさ