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2008年07月07日

「知識より体得を重視する」  

稲盛塾長の講話より(NO.5)
「知識より体得を重視する」  

 「知っている」ということと「できる」ということはまったく別です。たとえば、セラミックを焼成するときの収縮率の予測一つをとってみても、この事実はよくわかります。文献などで得た知識に基づいて、同じ条件で焼成を行なったつもりでも、実際に得られる結果はその都度違ってくるということがよくあります。本の上での知識や理屈と実際に起こる現象とは違うのです。経験に裏打ちされた、つまり体得したことによってしか本物を得ることはできません。このことは営業部門であれ、管理部門であれ、全く同じで、こうしたベースがあってこそ、はじめて知識や理論が生きてくるのです。
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 たとえば、8種類のセラミック原料をある比率で混ぜ、均一に混ざるよう撹拌する装置を使います。そして形を作り、高温の炉で焼けばセラミックができると文献でも本でも書いてあります。かといって、その通りの原料を何種類か買い、その通りの比率で混ぜ、形を作り、その通りの温度で焼いても、文献通りのものはできません。それは何種類かの粉をある比率で混ぜるとき、どこまで混ぜるのかによって違ってくるからなのです。
 今度は混ざり方だけではなくて、形を作るときにも違いが出てきます。ただ粉を混ぜて形を作って、中に気孔が入ったボソボソのものができあがってしまったのでは、最初に自分が期待したような性質のものはできません。しかし文献にはどのくらいの圧力で、どのくらいの結合力で形を作ればいいのかということは書いていません。
 また、何度で焼けばいいとは書いてありますが、いきなりその温度の炉に入れればパーンと割れてしまって粉々になってしまいます。ですが、どういう温度でゆっくり上げていくのか、どの角度で上げていくのかという問題は本には書いていません。それらは全て自分の経験でやっていかなければならないわけです。

 経営者の皆さんも自分の専門ではない分野にまで入っていかれるときに技術屋を使われる事と思います。その技術者が言う話を、知識として言っているのか、実験をし体験をして言っているのか、分けて聞かなければならないのです。たとえば、最初にセラミックというものがあって、そのセラミックを使ってあるものを作っていこうとするときに、元々のセラミックの作り方もわかっていない、作ったこともない、理屈だけしか知らないのに、その上にあるものを作って行こうとするなんて、いくら実験してみてもうまくいくはずがありません。「知っている」ことと「できる」ことは違うのです。
 学問が進んでいますから、みんな頭でっかちになっています。そして本人自身も、その理屈だけで、あたかもできるかの如く錯覚をしているわけです。ですから、そういう若者達には実践を通じて、「それを裏打ちしてみい」と言うことが必要です。「ウチの会社に来たなら、おまえがそうすれば売れると思うなら、おまえに車を1台貸してやる。売ってみい。そしてそれを証明してみい」 そうやって若者に頭をぶつけさせ、自分で体得したものを彼に作らせる。そうすれば、理論があるだけに鬼に金棒になっていきます。
 これはコンサルタントの場合もそうです。有名なコンサルタントを雇って指導を受ける場合には、その人に実績があるかどうかを見なければなりません。皆さんは理屈を知らないだけで、実践している皆さんのほうが遙かに偉いんです。ですから、理屈ばかりこねまわすようなコンサルタントにお金を払い、教えてもらうことぐらいバカらしい事はないと思います。
 話を聞くなら、実績のある人です。自分でやり、自分の身体でわかっている人の話を聞くのならいいんですが、理屈だけの話には何の値打ちもありません。

2008年07月06日

「バランスのとれた人間性を備える」  

稲盛塾長の講話より

「バランスのとれた人間性を備える」  

 バランスのとれた人間とは、何事に対しても常に「なぜ」という疑問を持ち、これを論理的に徹底して追求し、解明していく合理的な姿勢と、誰からも親しまれる円満な人間性をあわせもった人のことをいいます。いくら分析力に優れ合理的な行動を貫くスマートさを備えていても、それだけではまわりの人々の協力を得ることはできないでしょうし、逆にみんなからいい人だと言われるだけでは、仕事を確実に進めていくことはできません。
 私達がすばらしい仕事をしていくためには、科学者としての合理性とともに「この人のためなら」と思わせるような人徳を兼ね備えていなければなりません。
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 ここでは、科学的な合理性と豊かな人間性を持ち、そのどちらにも偏らないバランスが必要であるという意味で、「バランスのとれた人間性を備える」と言っています。
 先ほども言いましたように、私自身、化学が専門で、セラミックの研究開発からスタートしたものですから、どうしても科学的、合理的に物事を判断する、考え方や物事の進め方が身に付いています。ところが、学生時代ガリ勉だった私に、友人が遊びというものを通じて人間のあるべき姿の一端を垣間見せてくれ、教えてくれました。つまり、あくまでも科学的、合理的な考え方をしなければいけませんけれども、一方では非常に人間味のある、豊かな人間性を持っていなければならない。その両方を併せ持つことが経営者として必要だと、ここで言いたかったのです。

 昔、営業の連中が営業から帰って来て報告をするなかで「いや、これは難しいんですわ。訳がわからんのです」と感情的な説明をする者がいると、私はこっぴどく怒ったものです。
 私は皆さんに精神訓話をしますが、会社の経営、または研究、営業、会社の事業のなかで「不可思議なことだ」ということは一切口に出させないのです。我々がやっている研究、技術開発、営業、財務、総務の問題は全部合理的に、すべて理屈で証明できるはずです。また証明できるようでなければ話になりません。そこへ不可思議な話みたいなものを持ち込んでくるのは、とんでもない事です。ですから、昔はよく会議のなかで「バカなことを言い出すな、全部科学的に割り切れるはずだ」と怒ったものです。
 私の場合には、会社で仕事をし、研究する世界ではとことん合理主義なんです。絶対に不可思議なことは許しません。しかし、会社を離れると、まったく訳のわからない仏教の世界でも信じられます。ところがみんな、それをごっちゃにするのです。仏教の世界に没頭するような、形而上学的、宗教的なものに入っていくと、今度はその話を経営の場で披瀝する経営者、またはその様なコンサルタントなどもいます。
 訳のわからないことを経営の場に持ち込んだり、研究の場に持ち込んだりすることは一切してはなりません。我々が仕事をしているビジネスの世界、研究の世界、技術の世界は、全部科学的に証明できるはずです。一貫していなければなりません。しかし、仕事を離れたときの人間としては、不可思議なことがいくらあってもおかしくないのです。
 仕事の現場では徹底した合理主義者で、かつ素晴らしいロマンチストであり、素晴らしい形而上学的なことも考えられる人、その両面のバランスがとれた人間性を持っていなければ、一流の経営者にはなれません。

2008年07月05日

「私心のない判断を行なう」 

稲盛塾長の講話より
「私心のない判断を行なう」 

 何かを決めようとするときに、少しでも私心が入れば判断はくもり、その結果は間違った方向へいってしまいます。人はとかく、自分の利益となる方に偏った考え方をしてしまいがちです。みんなが互いに相手への思いやりを忘れ、「私」というものを真っ先に出していくと、周囲の協力も得られず、仕事がスムーズに進んでいきません。また、そうした考え方は集団のモラルを低下させ、活動能力を鈍らせることになります。
 私たちは日常の仕事にあたって、自分さえよければという利己心を抑え、人間として正しいか、私心をさしはさんではいないか、と常に自問自答しながらものごとを判断していかなければなりません。
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 極端に言いますと、自分を無視して物事を考える。もっと極端に言いますと、自分というものを犠牲にして物事を考える、これが、私が使っている「私心のない判断を行なう」という意味です。自分に都合のいい、自分に利益があるような結論、判断はせずに、客観的に正しいことを正しく判断する。それが物事を成功させていくためにはたいへん大事なことなのです。ところが、人間は肉体を持っていますから、ものを考えるときには必ずといっていいくらい、私心、自分というものが入ってきます。
 たとえば物事を考える場合、何かことが起こることによって直感的に物事を考えて判断をします。その場合には、本能という領域で判断したものが出てくるわけです。本能の領域は、私心、自分のことだけを考えています。ですから、どうしても自分に都合のいい話にならざるを得ないのです。
 物事を判断するときには、自分自身を無視して考えるようにしなければなりません。事業経営者ですから本当は自分のことを一番に考えなければならないのですが、考えるときには自分のこと・会社のことは一度棚に上げてから考えてみる、それは非常に大事なことです。思わぬ解が見付かります。
 今まで解けなかった問題、相手と絡まり合ってほどけなかった問題が、自分というものを除いて考えたときに、スパッと解けるときがあります。決してそれは自分が損をするのではなくて、相手も喜び、自分も喜ぶという解が見付かるケースはたくさんあります。
 では、具体的にはどうすればいいのか。物事というのは何か起ったときにその瞬間・瞬間に考えるのが普通です。そういうふうにパッと考えるときに、「ちょっと待てよ」と一度深呼吸をしてみるのです。大きな問題になりそうだと思ったときは、「ちょっと待てよ。塾長が“自分を無視して、一度考えてみい”と言っていたな」と一度間を置いてから、自分に都合がいいようにというものを除けて、他人事と思って考えるようにするわけです。自分、相手、もうひとり、三つ巴で問題が起っているとすれば、自分ではなくて、第三者として考えてみる。その時にどうなるか。それが自分というものを無視して考えるという意味です。

2008年07月04日

「本音でぶつかれ」 

稲盛塾長の講話
「本音でぶつかれ」 

  責任をもって仕事をやり遂げていくためには、仕事に関係している人々が、お互いに気付いた欠点や問題点を遠慮なく指摘しあうことが必要です。ものごとを「なあなあ」で済まさずに、絶えず「何が正しいか」に基づいて本音で真剣に議論していかなければなりません。欠点や問題に気付いていながら、嫌われるのをおそれるあまり、それらを指摘せずに和を保とうとするのは大きな間違いです。
 ときには口角泡を飛ばしてでも、勇気をもってお互いの考えをぶつけあっていくことが大切です。こうした中から、本当の意味でお互いの信頼関係も生まれ、より良い仕事ができるようになるのです。
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 仕事をしていますと、いろんな問題が出てきます。その問題を解決していこうと思えば、本当は本音で議論しなければならないのに、そういうことを上司に言ったのでは角が立つし、人間関係が崩れるのではないかと思って、どうしても建前で話をしてしまいます。それは世渡りをしていく術のひとつではあるのですが、企業のなかで本当に仕事をしていこうと思えば、建前やら通りいっぺんの常識論で仕事ができるわけがありません。本音でぶつかり、指摘し合うことがたいへん大事なのです。
 では、みんな本音でぶつかっているのかといいますと、やってはいません。建前で仕事が進んでいるのが大半です。それはつまり、今までやってきた通常のルール、今までやった通りの手法、方法でやればいいではないか、というものです。通常のことを通常のようにやっている仕事が、一般の企業では大半を占めます。そういうところでは社交術、世慣れたお付き合いだけができればいいわけです。
 たとえば大企業の場合でも、付き合い上手、そしてある程度のオベンチャラを言い、ゴマをすって、建前のきれい事を言っていれば立身出世もしていきます。しかし我々のような中小企業では、毎日毎日が修羅場です。その中で本当に仕事をしようと思えば、本音をぶつけ合わなければ仕事になるわけがないのです。それでも、なかなかできるものではありません。
 たとえば、社内で何か問題が起るとします。不正とまでは言わないにしても、少しおかしいと思うような問題が起きる。その問題に同僚が気が付いても、上司に「誰々の挙動がおかしいんです」と言えば告げ口になってしまう、ええ格好をしようと思って告げ口をしたと思われてはたいへんだからと、おかしいと思いながらも見て見ないふりをする。こういうことは一般の企業にもあるはずです。ですから、相当問題がこじれて大きくならなければトップまで伝わってこないのです。このように「“人間として何が正しいのか”を根幹に置き、そして本音でぶつかっていくのが我々のフィロソフィです」と言い、みんなも「わかった。それでいきましょう」と了解していながら、その局面になるとできなくなるわけです。
 
 本音をぶつけ、口角泡を飛ばしてでも真実を求めて、みんなで議論することは必要です。ただし、本音には条件があるのです。必ず建設的でポジティブな話をしなければなりません。建設的とは、みんなのために善かれという本音でなければなりません。ネガティブなもので、相手を中傷したり、足を引っ張ったりする、相手をダメにするための本音は、たとえそれが真実であっても御法度です。
 建設的でポジティブな議論は、必ずといっていいくらい創造的で建設的な結論に導かれていきます。「こうだと思います」「それはそうや。おまえの言う通りや」とやっていくうちに、建設的で進歩的、創造的な結論に、必ず到達していくはずです。

2008年07月03日

「土俵の真ん中で相撲をとる」 

「土俵の真ん中で相撲をとる」 

「土俵の真ん中で相撲をとる」とは、常に土俵の真ん中を土俵際だと思って、一歩も引けないという気持ちで仕事にあたるということです。納期というものを例にとると、お客さまの納期に合わせて製品を完成させると考えるのではなく、納期の何日も前に完成日を設定し、これを土俵際と考えて渾身の力をふり絞ってその期日を守ろうとすることです。そうすれば、万一予期しないトラブルが発生しても、まだ土俵際までには余裕があるため、十分な対応が可能となり、お客さまに迷惑をおかけすることはありません。
 このように、私達は常に安全弁をおきながら、確実に仕事を進めていく必要があります。
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 このことに気が付いたのは、私が事業を始めた頃でした。中小零細企業で仕事をしていく中で、売掛金の回収が遅れ、手形決済の期日が来て、金が詰まってきたとします。どうしても金策をつけなければならず、夜中に友人のところに飛んで行って金策をする。あるいは銀行に走ったり、いろんな所に走りまわっているわけです。そういう人をよく見たものです。
 そういう人は、ギリギリになってから一生懸命に走りまわって、そしてやっと手形が落ちたら、「よかった。うまくいきましたわ」と、何か大きなひと仕事をしたような感じになっておられます。しかし、手形が落ちて元々で、落ちなければ倒産する。ただ潰れるのが潰れなかっただけのことですから、いいことをしたのでも何でもないのです。なのに、必死で夜通し駆けずり回って、ひと仕事したような、あたかも一端の事業家みたいな顔をしておられる。
 手形が落ちる日は前からわかっているし、その何日も前にお金の準備をしなければならないことはわかっているのに、何でギリギリになってから走りまわるのか。またそういう人に限って、必ず言い訳みたいな言葉がいっぱい付いてまわります。本当におかしな事です。金策だけでなく、納期の問題でも同じ事です。

 例えば相撲を見ている時、ズルズルッと土俵際まで後退してしまって、仕方がないからうっちゃりを打つ。そうすると必ず行司が判定に迷って軍配を上げ、物言いが付いて、判定が崩れたりする。そういう場面を見て、皆さん、思いませんか?「土俵際に追い込まれてからうっちゃるという大技がかけられるぐらいなら、真ん中で大技をかけなさい」と。
 土俵の真ん中で相撲をとるということは、つまり「余裕のあるときに」ということなのです。業績が悪くなってきて、本業以外に何かやらなければならなくなってきたけれど、そのときには資金力も相当減り、体力も弱ってきています。そうなってから、何か手を打とうとするのではなくて、体力のあるときに手を出しなさい。順調にいっているときには安心して何もしないで、悪くなってから手を打とうとするからますます悪くなるのです。
 いいとき、絶好調のときに、そういう技をかけようと思うならかける。これが土俵の真ん中で相撲をとるという意味なのです。

 これはちょっと、「ええ格好をしすぎはせんか」と皆さんから怒られるかもしれませんが、私は小学校に入ったときは両親がビックリするぐらい成績がよくて、ウチの子は大したもんだと喜んでいたらしいのです。しかし長ずるに及んで学校が面白くなり、友達が増えてきて逆にガキ大将になって、小学校を卒業する頃には、今で言うとオール3という成績になっていました。昔は甲乙丙丁と言いましたが、甲はひとつもなくて全部乙。それでも鹿児島一中という一流の中学校に行こうと思ったのです。先生から「甲が一個もないよう者が受かるわけがない」と言われても、「どうしても行きたい」と言い張って受験をして、案の定すべったわけです。もちろん内申書も悪くて、「非常に素行が悪い」と書いてありますから、受からないのは当たり前です。
 その後、他の中学に入るのですが、それでもやっぱり遊びがいい。旧制中学1年、2年のときは、派手なケンカをよくやりました。そういうことばかりしていますから、もちろん勉強はしていません。

 勉強をしようと思ったのは、新制高校に変わり、高校1年生になってからでした。一緒に勉強をしている仲間が、『蛍雪時代』という本を見ておりました。「何だろう?」と思い、その本を借りて読んでみたら、目から鱗が落ちたのです。
 それまではケンカが強いとか、野球のピッチャーでうまい事が私を支えていたプライドだったのですが、学校の成績が悪いことは非常にみっともないことだと初めて気が付きました。
 正直、勉強をし始めたのは高校2年生の半ばぐらいでした。「これはしまった」と思い、もう一度中学1年生の勉強から、物理、化学、数学、全部やり直して受験に備えていったのですが、優秀な頭脳を持っているわけではありませんから、努力でカバーする以外にはなかったのです。
 普通は、みんな大学までは勉強をして、大学に入ったら遊ぶと言いますけれども、私の場合には中学、高校で勉強していなかったこと、知的なものに飢えていたこと、また遊ぶお金がなかったせいもあって、ガリガリ亡者みたいに勉強をしていました。

 大学で試験の時には試験の1~2週間前には全部何回も復習をして、どこから問題が出ても100点満点取れるぐらいに勉強していました。皆さんも記憶にあると思いますが、勉強というものは大体うまくいきません。それは友達からの誘いがあったりしてつい付き合ってしまい「予習せんならん、復習せんならん」と思いながらもギリギリまで来てしまうわけです。
 やりたい、やりたいと思いながらも勉強ができないまま、ついに試験場に行く。「ああ、3分の2くらいしか調べられんかったな。もっと調べてくればよかったけど、時間がなかった。あそこが出なきゃいいのにな」と思って試験を受けると、案の定、そこが出ている。「シマッタ」という経験が、真面目でちょっと勉強したタイプの人には必ずあります。
 私はそれが非常にイヤなのです。高校の時、恥ずかしいと思って勉強を始めだした頃にそういうことを何回も経験していますから、そのくらい悔しい思いをするなら、うんと前に終わるように計画をすれば、どんな問題があっても試験までには全部調べ終わる。そこまでの余裕をみたスケジュールで勉強すべきだと思って、大学時代、試験勉強をする時は試験の10日ぐらい前には全部調べ終わるというスケジュールを自分で作っていました。
 そういうふうに、試験日が決まっているのであれば何が起っても、その間、空白の時間になっても、それに備えられるぐらいの余裕を持つ。つまり、土俵の真ん中で相撲をとるということです。その様に学生時代に余裕を持って勉強してきたものですから、手形が落ちる落ちないと言って飛びまわっている人を見ては、「ああ、この人では会社を潰すわ」と思ったものです。自分が手形の決済日を出しているのですから、手形を切ったときからわかっているはずなのです。

「自らを追い込む」 

稲盛塾長の講話から
「自らを追い込む」 

 困難な状況に遭遇しても、決してそこから逃げてはいけません。追い込まれ、もがき苦しんでいる中で、「何としても」という切迫感があると、普段見過ごしていた現象にもハッと気づき、解決の糸口がみつけられるものです。火事場の馬鹿力という言葉があるように、切羽詰まった状況の中で、真摯な態度で物事にぶつかっていくことによって、人はふだんでは考えられないような力を発揮することができます。人間はえてして易きに流れてしまいがちですが、常にこれ以上後に退けないという精神状態に自らを追い込んでいくことによって、自分でも驚くような成果を生み出すことができるのです。
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 私は研究を始めた頃、こういうことがありました。
 連日徹夜をして実験をしているけれど、なかなかいい結果が出ない。苦しみ、もがきながら、さらに研究を続け、切羽詰まった状況がずっと続いている時、ある瞬間にポッと自然に戻ったような気がするのです。非常にテンションがかかって研究をやっているのですが、そのテンションがホッと抜ける。そういうときにパッと閃くわけです。そのヒントでもって実験をすると成功するというそんな事がありました。
 地方大学を出て、京都の松風工業というセラミックの会社に入り、そこでファインセラミックス分野の研究を始めたのですが、私はその分野の優秀な技術屋ではありませんでした。石油化学、合成樹脂といった有機合成の分野が好きで、大学時代もそちらに焦点を絞って勉強をしてきましたし、また卒業論文も有機化学分野のものでまとめようとしておりました。それが、どこにも就職がなく、やっと無機化学、窯業の世界への就職が決まったものですから、卒業間際になってから、卒業論文をセラミックの分野に変えて、泥縄でやってきたわけです。もちろん、大学4年間のなかでは無機化学、窯業の分野の勉強もし、単位も取っておりましたから、必ずしも無知だったわけではありませんが、私には興味の薄い分野でした。
 
 研究に打ち込んでいく中で、私は新しい焼き物の合成に成功しました。それは、GE(ゼネラル・エレクトリック)の研究機関ですでに開発されていたもので、それからちょうど1年遅れでの開発でした。それが松風工業の主力製品になっていきましたし、私が京セラをつくったときの主力製品も、そのファインセラミックでした。
 日本の地方大学を出て、しかも特別専門的に勉強しているわけでもない私が、そういう新しい材料の合成を成功させるのは非常に珍しい事でした。しかしそういうものができていったのは、「何としてもこの研究をものにしよう」と思って自らを追い込んで、狂気の世界にまで自分を追い込んで、没頭した中でヒントが出てきたからだと思います。
 京セラフィロソフィの中には「自らを追い込んで限界までいった時に神の啓示がある」という表現をした物があります。パッと閃いた時、それは神様が「これだけコイツが頑張っているなら何とか助けてあげたい」思い、教えてくれたからだと喩えてもいいのではないかと思います。

 ちょっと脱線しますが、やっと就職が決まって、有機化学分野から急遽、無機化学の卒論に変えた方がいいと言われて、無機化学の先生の所に行ったのですが、その先生は大変人柄がよくて、お酒好きで夜中学生達と飲むという天真爛漫、素晴らしい先生で、学生からもとても慕われていました。
 京セラをつくり必死でやっていたある時、母校を訪ねたことがありました。私はカリカリになって研究をし、仕事もし、会社経営もやっているというのが顔に出ていたのでしょう。先生から「稲盛さん、そんなにキリキリとやっておったのでは身体が保ちませんよ。やはり人間、余裕がなければいいアイデアは出ません。そんなに思い詰めていてはいけません」と言われました。
 「先生、そんなもんじゃないんです。まさに素晴らしいアイデア、素晴らしい閃きは、自分を追い込んで、ギリギリのところで研究をしているときにしか出てこないんですよ。余裕がある時に出たアイデアは思い付きであって、そんな思い付き程度では仕事なんてうまくいきません。ましてや最先端の研究をするのに、思い付き程度では立派な研究なんかできるわけはないんです」と若い頃、非常に人柄のいい先生に、そう言って食ってかかったことがありました。

 「自らを追い込む」というなかには、もうひとつあります。よく火事場の馬鹿力と言いますが、精神が集中したときには、肉体的、物理的な力まで巨大なものが出ることがあります。火事場の馬鹿力は、それを証明しているわけです。
 また、催眠術も同じ事で、「催眠」という形で精神を統一させられ、神経が集中した瞬間、本当にすごい力を発揮するということがあります。このように自らを追い込んでいくことによって、想像もつかないような物理的な力まで発揮でき、精神的な閃きも得られると同時に、想像もできないようなことができるわけです。

 そういう意味で、私は自分で自分を追い込んで、それに熱中する、没頭するということをやってきたわけですが、そこには、さらにもうひとつの効果があります。精一杯自分を追い込むと、その「精一杯やった」「これ以上やれない」という安心感が自分にありますから、あとは天命を待とうとするのです。
 ちょっとヘンかもしれませんが、私の場合には「精一杯やった。あとは天命を待とう。これで潰れるならしようがない」と思うのです。
 それは非常に大事なことで、普通、みんな中途半端にやっていて最悪の状態に落ち込んでいくものですから、精神的に非常に苦労をするのです。たとえば、もう潰れそうだ、金策がつかない、手形が落ちない。「ああ、あのときにやっておけばよかった」と心労を煩わせてしまうわけです。そうなると健康まで害してしまい、場合によっては命まで落としてしまうこともあるのです。
 しかし一生懸命にやって、あとは「ここまでやったんだから」と天命を待つ。その安心立命ができるぐらいにまで、自分を追い込んでやるということがたいへん大事なのです。

2008年07月02日

前線の指揮、後方の指揮、機を見て応変に

稲盛塾長の講話から

前線の指揮、後方の指揮、機を見て応変に
 「率先垂範する」とは、部下を従えて、先頭を切って仕事をしなさいということです。先頭を切って、自分が先頭に立って仕事をしなければなりません。
 これはリーダー論になりますが、リーダーというのは、率先垂範しなければならないと思っています。ですから、先頭を切って自分で仕事をし、その後ろ姿で部下を教育する、教えるのが正しいことだと思って、私は最初から仕事をしてきました。ところが、リーダーが先頭を切って仕事をするのは本当に正しいんだろうかという考え方も一般にはあります。

 では、トップはどこにいるのが正しいのか。私は中小零細で会社を始めた当時からそれが問題であり、疑問でした。

 リーダー論の本を読みますと、トップ、つまり社長は最前線に出ることも大事かもしれないが、それによって大局を見誤ってはならないということがよく出てきます。経理の問題、教育の問題、人事の問題、総務の問題、または技術の問題、工場の問題、そういうものを広く見渡して、すべてに的確に指示を与えていかなければならないのが社長ですから、そのためには全体が見渡せるような高い丘の上にのぼり、そこから全軍の指揮を打つのが正しいはずだということが、一般のリーダー論のなかにあります。また、そういうリーダー論を読んで、そういうことをやっておられる社長さんはたくさんおられますが、私はどうもそうではないように思うんです。

 一線の営業マンと苦楽を共にする。たとえば、戦争映画では、最前線で塹壕を掘って、土砂降りの雨のなか、そこに這いつくばり、敵から打ち込まれてくる銃弾のなかを必死で防戦している。たしかに、最前線の塹壕のなかで泥水をすすりながら兵を励まし、ともすれば崩れそうな自分の陣地を叱咤激励をし、最前線に踏み止まっている部隊長、大将は素晴らしいという評価もあると同時に、そういう考えなしでやっているものだから、その局面は守れたかもしれないが、一方の右翼、左翼の陣が打ち破られて、結局は敗走に継ぐ敗走をして全滅してしまったではないか。あの考えなしの部隊長が格好よく最前線に行き、一部の兵に素晴らしい部隊長だと誉められて、それに酔ってしまっているものだから大局を見失ってしまって、わが部隊は全滅したという
非難を受ける例もあるのです。
 かといって、最前線では凄惨を極め、互いに弾薬が切れて白兵戦になり、敵味方入り乱れて銃剣で血だるまになって戦っているという悲惨な状況も知らないで、後方の丘の上に陣取り、悠々と戦況を見ている。だから、いくら戦況の報告があっても、その緊迫感が伝わらないために戦局を誤る司令官の例もあります。後方にいて見ていたらいいのか、前線に行ったらいいのか。

 私は、どちらも真理なんだと思います。後ろにいて全軍を見渡して指揮を打つのも真理です。最前線で兵と苦楽を共にし、死線をさまよいながら、みんなを叱咤激励するのも真理です。ですから、どちらかに偏っていてはいけないのだということだけはわかりました。
 前線だけで働いていたのでは戦局を誤ってしまいますから、前線で兵を叱咤激励し、みんなと一緒に苦労しながら、取って返して後方に行き、全体を見渡して仕事をする。臨機応変に行ったり来たりすることが必要です。しかし一番大事なことは、やはり、社員の先頭を切って自分が仕事をするという勇気です。私はそう思ったので、率先垂範するということを言っているのです。

 この率先垂範は社長だけの問題ではありません。営業を任せている部長、課長もそうでなければなりません。工場でモノを作っている課長もそうです。人をアゴで動かすだけが能ではないはずです。自分自身で自分の手を染めてやっていくような人でなければなりません。そういう意味でございます。

2008年07月01日

渦の中心になる者こそリーダー

稲盛塾長の講話から

先輩後輩関係なし。渦の中心になる者こそリーダー
 たとえば、社内において「新製品が開発されたので、その販売計画をたてなければならない」とか、「我が社の社員の質を高めるために、社員教育を行おうではないか」という課題、様々なテーマは四六時中、出てきます。
 そういうテーマが出てくると必ず、「みんな、定時後にちょっと集まってくれ。社長がこの前から、社員教育をやって社員の質を高めようと言っておられるので、そのことについて話をしようと思う」と言い出す社員がいます。それは中堅社員とは限りません。なかには自分の先輩までを集めて、そういうことを言い出し、渦の中心になる社員がいます。
 つまり、会社の中のいろんなところで仕事の渦が巻いている状態、それが活力のある、活気のある会社だと思います。そして、そのなかで自分が中心になって取り仕切っていくような、そういうに渦の中心にいなさい。これが「渦の中心になれ」ということなんです。

 渦の中心で、周囲を動かす為には、問題意識がなければなりません。命令で動かすのではないのです。問題意識があって、その問題を周囲に提供することによって、周囲を動かせるんです

2008年06月30日

最上不変の人格

稲盛塾長の講話より

最上不変の人格とは、仕事に打ち込むなかで作り上げられる
 先月末、アメリカ・ワシントンにある戦略研究所で「リーダーとは(リーダーシップと創造性と価値観)」という題のセミナーがあり、スピーチを頼まれていましたので、行ってまいりました。
 私は「リーダーのあるべき姿」というテーマで、人格が素晴らしいからリーダー足りうるのだ、という人格論を冒頭に掲げて、ではそういう人格はどうしてできるのかということを話しました。
 あの人は立派な人格を持っているから、我々のリーダーになってもらおう、となりますが、その人格はその人固有のもので、全然変わらないものではありません。たとえば、非常に真面目で立派な人格者だと思っていたのに、その人がリーダーになり、リーダーを続けているうちに、みんなからチヤホヤされて、段々傲慢になり、最初のときとはまったく違った人柄になってしまうということがあります。つまり、人格は変化するんです。境遇によって、また環境によって、また自分自身の状況によって変わるんです。
 では、変化しない人格というものはどうして作られるのか。私は内村鑑三が書いた『代表的日本人』のなかにある、二宮尊徳を例に挙げてお話をしました。二宮尊徳は日本の江戸時代の農民で、朝は朝星、夜は夕星をいただくまで、鍬一本、鋤一本を担いで田畑に出て農作業を繰り返しておりました。そして非常に貧しい農村を、次から次へと豊かな農村に変えていくという、素晴らしいことをされた人です。二宮尊徳があまりにも素晴らしい業績をあげていくので、貧しく疲弊した村の再建のために、日本各地の殿様が「私の国の村が疲弊しているので助けてほしい」と、彼を呼ぶようになります。彼もそれを次から次へと引き受けて、富める豊かな素晴らしい村へと変えていきました。
 やがて、当時の江戸幕府にもその噂は広がり、晩年には、尊徳を殿中に住まわせるまでになります。そのときのことを、内村鑑三は名文で表現しています。氏素性、生まれも育ちも貧しい家に生まれ、教養も何もない一介の農民である二宮尊徳が、侍や貴族と同じように裃を着けて城に上がり、交わる。そのときの物腰、喋り、言っている内容、すべてが素晴らしいもので、交わるみんなが、彼はどこの生まれなのかと思うぐらい、目を見張るような言動であったといいます。
 朝から晩まで農業しかやっていない人が、物事の本質を究めたために、殿中で貴族や武将とお付き合いをしても、何ら遜色がないどころか、その人達から尊敬を受けるぐらいに素晴らしいものを、尊徳は身に付けていたのです。
 つまり、人格というようなものは、仕事に打ち込むことによって身に付いていくのであって、なまじっか学問をし、勉強をし、本を読んで身に付いていくものではないということです。
 セミナーでは、「物事に打ち込んで打ち込んで人格を作り上げたような人を、すべての組織のリーダーに選ぶべきです。そうすれば、間違ったリーダーを選び、その集団を不幸に陥らせることはないはずです」と話を結びましたけれども、物事を究めるということは、そういうことにも通じていくわけです。

2008年06月29日

惚れて好きになれば苦も厭わず

稲盛塾長から講話から

惚れて好きになれば苦も厭わず

 「仕事が好きになる」ということは、たいへん大事なことです。それはなぜなのかといいますと、好きになれば、それは苦労だと感じないのです。好きではないものをお義理でやっていると、些細なことでも非常に苦しく感じます。
 私は自分で研究が好きになったために、実は寮から鍋釜を持ってきて、会社の研究室で炊事をし、そこに寝泊まりをして研究をしていました。それはちっとも苦ではなくて、楽しくなったために、そうしていたわけです。
 本人が好きでやっている範囲においては全然何ともない。疲れもそんなに感じないものです。ですから、「惚れる」「好きになる」ということは、大きな仕事を成し遂げていくためのたいへん大事な項目だろうと思います。

 完全主義を貫き、真面目に一生懸命地味な努力を積み重ねれば物事の本質に達する
 「完全主義を貫き」、「真面目に一生懸命仕事に打ち込み」、「地味な努力を積み重ねる」という、この三つのことを四六時中やっておりますと、物事の本質を究めるところに到達していきます。
 仕事に打ち込んで、そしていい加減ではなくて、完全主義を貫いて必死に打ち込んでやっていく。四六時中打ち込んで、3年が経ち、5年が経ち、10年が経ち、15年経っていく。そして物事の本質を究めていくようになっていくのです。
 それは、あたかも禅宗のお坊さんが禅を通じて悟りをひらかれるのと同じようなことにつながるんだろうと、私は思っています。
 私自身5年、10年とセラミックの研究開発、また会社経営を一生懸命にやっているあいだに、何かある核心みたいなものをつかんだような感じになっていったように思います。

 あるとき、テレビか何かで、宮大工の方が対談中、素晴らしいことを仰るのを聞きました。その方は小学校を出てから宮大工一筋に仕事をしてこられ、もう齢は 60、70です。その方が素晴らしい哲学の先生と対談をしておられる。そして、大学の哲学の先生もタジタジするぐらいに素晴らしいことを言われる。私は、「これだな」と思いました。
 「一芸に秀でる」ということです。ものを究めるというのは、ただ単に物を削ったり、カンナをかけたり、宮大工で素晴らしいものが作れるというだけではなくて、人間性まで素晴らしいものを作り上げていく。つまり、一芸に秀でるとか、物事の本質を究めた人は、万般あらゆるものに通ずるんだなという感じがしました。私自身、ぜひ、そういう境地にまでならなければいけないというふうに思いました。

2008年06月28日

仕事を好きになったことが私の原点

稲盛塾長の講話から

仕事を好きになったことが私の原点
 ちょっと脱線をいたします。
 皆さんもご承知かと思いますが、私は今から44年前に大学を出ました。当時は就職難の時代で、朝鮮戦争がおわったあと、日本は不況でした。なかなか就職できないなか、恩師の紹介で、焼き物を作っている松風工業という京都の会社にやっと就職させてもらいました。ところが、就職難のなかをやっと入れてもらったにも関わらず、そこはたいへん景気の悪い赤字続きの会社で、給料も、常に遅配されていました。
 社員寮も本当にボロボロで、畳にはゴザがなくて、なかの藁が臓物みたいに出ていました。花ござを買ってきて、その藁の上に虫ピンで留めて寝なきゃならんという状態です。ですから入った瞬間、もうたちまちに不平不満が出てきました。
 当時、私を含め大学卒業生は5人入社しましたが、その5人は寄ると触ると「こんなボロ会社、早く辞めよう」「早く辞めよう」と言い合って、本当に早く辞めた奴は勇気があるという感じでした。ですから、会社が好きになるはずがありませんし、仕事が好きになるはずもない。もう不平不満ばかりでした。
 そのうちにひとり辞め、二人辞め、結局、夏が過ぎる頃には、5人だったものが私を含め二人だけになっていました。残ったもう一人は、京都大学の化学を出た、九州・天草出身の男でした。
 ある時、その二人で会社を辞めて自衛隊に行こうと話し合い、伊丹の自衛隊で幹部候補生の試験を受けました。二人とも合格することができ、幹部候補生学校に入隊することとなったのですが、入隊するのに必要な戸籍抄本が、私だけ田舎から送ってこないのです。天草の彼は、田舎からすぐに送ってきたのですが、私の実家からは、締切日になっても送ってこないのです。結局、彼だけが幹部候補生の学校に行きました。

 そして、私は一人会社に残ることになり、「こうなったら仕方ない。愚痴をこぼすより、気持ちを切り替えて研究に打ち込もう」と思いました。
 面白いことに、不平不満を言わず、研究に打ち込み始めると、良い結果が生まれる。良い結果が生まれますから、当然、面白くなってきます。そしてどんどん研究に打ち込み、わずか1年ぐらいで、日本では誰も開発できなかった、新しいセラミックの人工合成に成功することができました。後で知りましたが、それはアメリカのGE社で、私が開発する1年前、既に研究開発されていたそうです。

 しかしながらその新しい材料を私が独力で、自力で作り上げたわけです。そのために周囲の人からもたいへん誉められるし、自分もたいへん嬉しいし自信がつきます。 どこにも行けなくなって、しようがなくて、自分の仕事を好きにならざるを得なくなった。実はそこからこんにちができあがっていったのです。

2008年06月27日

自燃性を作る2

稲盛塾長の講話から

自燃性を作る(責任感と使命感を持たせる)
 もうひとつ、自ら燃えさせる方法があります。それは、責任感と使命感を持たせることです。
 それは、さほど勝ち気でもないし、さほど積極的でもない人、真面目で大人しそうな人の場合には、責任感を持ってもらう。気が弱く、自分から進んでやろうとはしないという若干の問題があっても、その人を責任のある立場に就け、そして部下を3人でも4人でもつけて、使命感を持ってもらう。そうすれば、若干大人しそうな人でも、自分から燃え上がって「やろう」というふうになっていきます。

 実は先月、鹿児島の京セラ川内工場で、「素晴らしい人生を歩むための五つの要点」という話をしてきました。
 五つの要点の最初に出てくるものが「仕事を好きになる」ということです。私はそのとき、「会社が好きになる」「仕事が好きになる」という二つを挙げました。

2008年06月26日

「自燃性を作る(勝ち気で積極的な人材に仕事が好きになるよう仕向けていく)」

稲盛塾長の講話から
「自燃性を作る(勝ち気で積極的な人材に仕事が好きになるよう仕向けていく)」

 「自ら燃える」人はどうして作ればいいのか。
 自分から燃える人は、言われて仕事をする、命令されてから仕事をする人ではありません。そうではなくて、言われる前に自分からやります。そういう積極的な人が「燃える人」なんです。
 たとえば、燃える人を採用したい、燃える人を見付け出したいという場合、やはり最初にくるのはその人の性格です。燃えるタイプの人は、まず第一に勝ち気な性格です。そして、常に何事にも積極的な人です。そういう性格の人が、自分が今与えられている仕事が好きになってくると、完全に自分から燃えてくれます。ですから、なるべくならそういう人を採用し、そういう人に、仕事が好きになるように仕向けていくことによって燃える人は作れるのではないかと思います。

2008年06月25日

「日々の創意工夫が地味な努力の積み重ねを支える」

稲盛塾長の講話から

 地味な仕事を毎日毎日やっていますと飽きがきます。倦んでしまいます。つまりイヤになってくるわけです。私は、そのイヤになることを防ぐ方法と、地味な努力に加速度をつけていく方法を自分で考えました。それは「創意工夫」ということです。
 創意工夫と言えば難しそうに思いますけれども、今日よりは明日、明日よりは明後日と、必ず改良改善を加えるということです。
 そして、創意工夫を伴ってやっていくと、日々が変化します。地味で単純な作業が、今日よりは明日と変化していきますから、面白味も加わっていきます。
 しかしそれは、飽きがこないための方法だけではなくて、実は大きな飛躍をもたらすもとにもなっていくのです。

 地味な努力を積み重ねことはたいへん大事なことです。同時に、その積み重ねのなかで創意工夫をする、改良改善を続けていくことが、中小零細企業から大企業へ変身を遂げていく、ただひとつの方法だと言ってもいいと思います。ぜひ、これを頭に入れてやっていただきたいと思います。

2008年06月24日

「地味な努力の一歩一歩の積み重ねが偉大なことを成す」

稲盛塾長講話から

 地味な努力を積み重ねることは、私はたいへん大事なことだと感じています。
 どんな偉大な仕事、どんなに偉大なことも、地味な努力の一歩一歩の積み重ねでしかできません。
 自分の会社を大きくしたいと思っていても、今やっている地味な仕事をしていたのでは本当に日本一の会社にできるだろうかと、自分が描く目標とのあいだに乖離を感じて悩んでしまいます。
 ひとりがやれる仕事というのは知れていますし、たいへん地味なことです。しかし、それを続けていくことが偉大なことを成すためのベーシックなものなんです。

2008年06月23日

「勤勉なる労働を通じてこそ、真の人格が形成される」

稲盛塾長の講話です。

 リーダーは立派な人格を備えていなければなりません。しかし、人格というのは時々刻々と変化するのです。あの人は人格者だと一時は思っても、社会環境やら、いろんな環境が変われば、その人の人柄は変わるのです。
 私は昔、よく「晩節を汚す、老人ボケをする年寄りが多すぎます。ですから、まだ正義感の溢れる若いときに正しいことを貫いてやるべきだと思う」ということを言いましたが、一生懸命働くことによって作り上げた、晩年までかけて、若いときからずうっと苦労に苦労を重ねて、真面目に一生懸命仕事に打ち込むことによって作り上げた人格というのは、そう簡単に狂うものではありません。つまり、そういうプロセスを経て作り上げた人格者、そういう人をリーダーに選ぶべきです。
 真面目に一生懸命仕事に打ち込むこと。それは自分の人生、自分の人格を作り上げるためにもたいへん大事なことなんです。ですから私は、会社の仕事をうまくいくようにするために、ただ真面目に一生懸命頑張れよ、頑張れよと言うのではなくて、それは個々人、京セラという会社に勤めている社員、その人達の個々人の人間性を高めていくことにもつながるのですから、ぜひ、真面目に一生懸命頑張ってくださいよ、と申し上げているわけです。

2008年06月22日

「真面目に一生懸命仕事に打ち込む」 

稲盛塾長の講話です。

仏陀が説く精進とは、真面目に一生懸命努力をすることなり
 私はよく、仏陀が悟りをひらいて、我々に説いたという話をしますが、悟りをひらくとは、心を高める、人間性を向上する、心を美しくしていくということと同意語です。仏陀は悟りをひらくための最初の方法として、「精進」、精進をしなさい、ということを言っております。
 精進するということは、真面目に一生懸命に努めるということです。何でもいいから真面目に一生懸命に努めるということは、報酬を得られるばかりではなくて、人間性を向上させ、人格を高め、心を美しくしていくという副作用があるわけです。
 お寺では、普通の食事を作るのでも男の雲水が作りますし、あらゆる作業をするわけですが、その作業をすることを修行のひとつとして考えています。禅定、坐禅を組んで精神統一を図り、精神を高揚させていくのと同じだというわけです。一心不乱に真面目に一生懸命に仕事をすることは、坐禅をしているのと同じ、変わらないんだというわけです。
 フラフラして仕事をする、ただ頑張っているというのではなく、「真面目に一生懸命」というのは一点に昇華する、一点に絞り込んで努力をしているわけですから、それは坐禅と同じなのです。そういう努力が、人間というものがたいへん立派になっていくもとなんだと考えて、お釈迦さんは修行をしていくなかの第一番目に「精進」という言葉を使っておられるんです。つまり、真面目に一生懸命仕事に打ち込むということです。

 (真面目に、真剣に。人生の豊かさは仕事(本業)に打ち込むなかで生まれる)
 世の中で、特にモノづくりの世界では、名人、達人と言われる人がいます。あの人は名人だと言われるような人は、言わずもがな、生涯を通じて、真面目に一生懸命仕事に打ち込んできたから、名人と言われる、または達人と言われる領域にまでいったわけです。どの業界においても、真面目に一生懸命やった人でなければ、達人、名人と言われるようにはなれません。フラフラと、ただ努力をしましたというようなものでは、なれるわけがありません。
 つまり、名人、達人とは何かといいますと、仕事ができるだけではなしに、その人の心、その人の精神状態が非常に崇高なところにまで高まっていなければ、名人とは言いません。ただモノづくりで、よいものが作れるだけでは、それは技能が高いということであって、名人とは言わない。名人、達人と言われる人は、技能も優れているけれども、その人の持つ心の状態が素晴らしいために、作った作品にもその心が移って、人が感動し、感銘を受けるような素晴らしいものが作れる。それはまさに、真面目に一生懸命仕事に打ち込んでいなければ作れないものです。
 人間、仕事だけが人生ではありませんよ、と言ったりします。趣味や娯楽も要りますよ、立派な趣味を持ち、もっと豊かな人生にしましょう、というお話もよく耳にします。それは本業である仕事に打ち込むことのできない人が、人生のなかで虚ろに感じ、そのために趣味みたいなことに自分の喜びを見い出そうとして趣味のほうに移っておられるのであって、本業に真面目に、真剣に打ち込むことによって、その本業に喜びを見い出すことこそ、プロの経営者として仕事が全うできるもとではないかと思います。ですから、中小企業であれ何であれ、経営者として従業員を守っていく、またお客さんを守っていく、家族を守っていくために、仕事に真面目に一生懸命打ち込むということはたいへん大事なことだと思っています。

2008年06月21日

「完全主義を貫く」

稲盛塾長の講話です。

 (わずかなミスが結果のすべてを水泡に帰す)
 セラミックを作るときは、最初は何種類かの材料を混ぜ、それを形作って高温で焼きます。次には、焼いたものを研磨したり、メタライゼーションという金属化をさせたり、製品化するまでには非常に長い工程があります。そうして何十という工程を経て最終製品になるのですが、そのなかの一つの工程でも失敗しますと、全部ゼロになってしまいます。それまでに注ぎ込んだ材料代から加工代、電気代、あらゆるものすべてがゼロになってしまいます。つまり、わずかコンマ何%というミスが工程のなかで一回起っただけで、それまでの努力がすべて水泡に帰してしまう、全部ムダになってしまうのです。ですから、一瞬の気の休まる間がないくらいの完璧主義、パーフェクトを狙っていかなければならないのがモノづくりの世界です。
 昔、私が実験をしていたときに、こういうことがありました。
 原料の粉末を混ぜるとき、実験室でやるときには、純粋なメノウでできた乳鉢と、すりこぎを使います。そして、自分でこういうセラミックを合成しようと思って、自分で計算した材料を入れ、その材料をすり潰そうとするときには、メノウ同士が擦れたことによって出てくるシリカ分もプラスされますから、それも前もって予測して計算しなければならないのです。
 ところが、ゴリゴリ、ゴリゴリと混ぜていくと、その時間が経てば経つほどメノウのすりこぎから、またメノウの乳鉢から出てくるシリカ分が加わっていきます。ですから、長く混ぜれば完全によく混ざりますが、同時に不純物としてシリカも入ってくるという問題があるのです。
 また、セラミックというのは、石ではないが、固い石の粉みたいなもので、たとえばメリケン粉を想像してもらうとわかりやすいと思います、そこに色の違ったメリケン粉を入れるとします。最初、まばらになっていたものが、一生懸命に混ぜていくうちに均一に混ざってきます。
 ところが、液体だときれいに均一に混ざったことになりますが、粒ですと、どこまでを混ざったというのかという限界があるわけです。よく混ぜてモノを作ろうと思っても、どこまでを混ざったというのかということも問題になってきます。
 乳鉢ひとつで混ぜる、またはポットミルという回転するミルで混ぜる。それでも完全に混ざったというのは、どの時点を言うのだという。哲学問答みたいなものです。
 ですから私は、乳鉢で擦りながら、よく「どこまでを混ざったとすればいいのか。完全に混ざるというのは、どういうことなのか。混合というひとつだけでもたいへんなことなんだな」と考えながら実験をしておりました。つまり、すべてのものが完全でなければ、自分の理想とするものは作れないと、自分で感じていたわけです。
 昔、まだチッポケな会社の時代には、私どもの場合は注文生産でした。営業が東芝に行き、東芝の方々と打ち合わせをして、こういうセラミックを納期○○までに作ってくださいと言われる。営業は「間に合わせましょう」と言って引き受けてきます。東芝さんは、そのセラミックをもって真空管を作ろうと準備しておられますから、その期日までに作って納めなければなりません。そのときに限って、もうギリギリの最後のところで、製造がちょっとしたミスをしてしまいダメになるわけです。そのセラミックは、最初に粉を混ぜてから15日間かかるものなんです。ですから、最終の出荷の手前で失敗されると、あと15日かかる。夜、寝ないでやっても15日かかるわけです。お客さんには15日間、待ってもらわなければなりません。
 東芝さんからは、納期が 15日遅れるというので、営業がこっぴどく怒られます。「おまえのところみたいなボロ会社に頼んだばっかりに、オレの会社は潰れるやないか」てなことを言われる。それをモミ手をして何とか許してもらって、半ベソをかきながら帰ってきて、「社長、二度と取り引きせんと怒られています……」。そういう辛酸をなめてきていますから、たったわずかなミスでもえらいことになると知っているのです。京セラでは完全主義を旨としてやってきました。

 (ベストとパーフェクト)
 会社ができて20年ぐらい経った頃でした。フランスの名門企業で、シュランベルゼーという会社があります。石油の掘削をしていくときに、電波や地磁気を使ってどのくらい掘れば油の層に突き当たるのか、測定をする専門の会社です。地球上で掘削用のリグが動いているところにはシュランベルゼーの技術屋が派遣されていて、現地で測定して指導をしています。
 そのシュランベルゼー社の当時の社長が、今から20年前、私が新聞雑誌でいろんなことを喋っているのを見ておられたらしく、来日されたときに、わざわざ京都へ訪ねて来られました。私はシュランベルゼーがどういう会社かもよく知らなかったのですが、会ってみましたら、素晴らしい哲学を持った経営者なのです。
 その方が、どうしても私に会って、経営哲学を語り合いたいと京都に見えられたのです。さすがにシュランベルゼーを世界有数の石油掘削の測定会社にした人だけあります。私も感銘を受けました。
 彼も私に感銘を受けたというので、彼が米国アリゾナのスコットディールに所有しているプライベートな別荘で、あなたと経営哲学を語り合いたい。できれば京セラの幹部数名、シュランベルゼーの幹部役員数名とで、ひと晩、ぜひ経営哲学を語り明かしたいと、彼から招待を受けました。いまだかつて経営者同士が集まって哲学を語り合ったことは、日本においてもありません。その後も一度もありません。
 京セラがまだ世界的に有名になっていなかったときですが、幹部を数名連れて、アリゾナのスコットディールに彼を訪ねました。
 シュランベルゼーのモットーのなかに「ベストを尽くす」という言葉がありました。シュランベルゼーは世界一の石油掘削の測定用の会社です。世界中からオーダーを受けてヘルプしています。ロシアであれ、中国であれ、どこであれ国境を越えて、どの国でもシュランベルゼーを使わなければ石油が掘れないという、そういう特殊な技術を持っている会社です。その会社のモットーが「ベスト」で、京セラは「パーフェクト」です。
 夜、議論になったのは、そのことでした。シュランベルゼーはベストを狙う。京セラはパーフェクトを狙う。ベストとは、より良い、最高にいいものという意味ですが、私はモノづくりの精神からいって、最高にいいものであっても、ちょっとした瑕疵、傷があるだけで、我々の場合には全部パアになってしまう。つまり、完璧、パーフェクトでなければならないというので、パーフェクト論とベスト論で深夜まで議論が続きました。最終的には「いやあ、まいった。その通りだ。今後ベストを止めて、ウチもパーフェクトに変えようと思う」と言われました。
 完全主義とはいっても、完全なことができるわけがないのです。ないのですが、その完全主義を貫いていこうということをフィロソフィのなかに入れて、みんなで努力しているわけです。

2008年06月20日

「常に明るく」

稲盛塾長の講話です。

(自分の人生は素晴らしい幸運に恵まれていると信じて努力する)
 不思議なようでありますが、人生がうまくいっている人は必ず、常に明るい心を持っている人です。決して暗い、鬱陶しい、不平不満に満ちたような人生を送っている人ではありません。もちろん、努力をする、誰にも負けない努力をするという根性みたいなものが大事でありますが、ネガティブな不平不満を持つのではなくて、常に明るく自分の未来、自分の人生はきっと素晴らしい幸運に恵まれているはずだということを信じて努力をしていく。それぞれの人生はみんな開かれており、みんな明るい人生が開かれているはずです。それを信じて、明るい心を持って努力をしていけば必ず、人生はどなたでも素晴らしい未来が開けていくはずです。目の前の細かい困難、当座の困難、苦労、苦難にめげないで、自分の未来を明るく描いていく。そして、厳しい現実のなかについ打ち負けようとする自分を励ましながら、明るく、明るく振る舞っていくことが大切です。

 (物事を明るく、善意に受け止める)
 物事を暗く取るか、明るく取るか。どんなことがあろうとも、それをいいほうに、いいほうに解釈をしていくんです。悪いほうに、悪いほうに解釈をし、悪いほうに取っていったのでは人生は暗くなります。どんなことであろうとも、たとえ相手が自分に対して悪意を持って何かをしかけようとも、また悪意をもって自分に何かを言われた場合でも、悪口などは気にしないほうがいい。つまり、笑い飛ばしておくことのほうが遙かにいいのです。
 そう言う私自身、決してそうはいきません。バカにされたり、軽蔑されたりすればムカッパラが立って、腹が立ちます、しかしそれを悪く取らない。なんと、あの人は哀れな人だろう、なぜ、あんなことを人前で言うのだろうというふうに、悪く言っている人のほうが遙かに人間が貧しいから、そういうことを言っているんだと思うことによって、腹を立てなくても済むということです。
 つまり、常に明るく物事を考える。物事はすべて善意に取る。たとえよしんば悪意に満ちたことであっても、善意に取ることが必要だろうと思います。
 私の子供の頃のことです。私はガキ大将で、小学校高学年から中学、高校にかけて、ケンカばかりしていました。しかし、ケンカがたいへん強かったわけではありません。身体は、今でこそ背は高いですが、中学、高校の前半までは、少し低いほうでした。それでも負けん気が強くて、よくケンカをしたものです。
 今の若い人達は言わないのかもしれませんが、昔はガンを付けたとか、ガンを切ったと言って、つまり、目と目が合ってギュッと睨むと、ガンを付けたというので、「オイ、コラ」とケンカが始まる。他愛もない、下らないようなことで、しょっちゅうケンカをやっていたわけです。
 中学3年生ぐらいになって、少し大人になってきて、なんでこんなにケンカばかりするんだろう、と自分が情けなくなってきました。ちょうどその頃、人生などをいろいろと考える時期にもなったのでしょう。なんで自分はケンカばかりするんだろうと情けなくなったときに、別の自分が私に言うのです。つまり、戒める自分がいたわけです。
 「おまえの友達を見てごらん。誰もおまえみたいに、しょっちゅうケンカをしないではないか。しかも、おまえがケンカをするのは、他愛もないことではないか。おまえの友達を見てごらんなさい。おまえの友達は、そういうことは日常茶飯起っているのに、みんな笑い飛ばしているではないか。なのに、おまえだけはそれを取り上げて、それをケンカのネタにしている。なんと、おまえは哀れな男よ」
 そう言われても、私は強がって、「いや、僕の友達はみんな勇気がないからだ。実は腹が立ち、自分からコラッとケンカをしようと思っても、勇気がないから自分が卑屈になって、それを抑えているだけなんだ」と、悪いほうに解釈していました。だから、私はまだ勇気があって、ケンカをするだけの勇気があるからマシなほうだと思っていたのです。
 高校に行ってもケンカばかりしていました。そうするといよいよ、やっぱり自分はダメな男だ、そういうことに一々腹を立てるのではなくて、たとえよしんば相手が悪意をもって言ったにせよ、それを笑い飛ばすだけの人間性が要るのではないかと思うようになってきて、たいへん反省し、それからプッツリ、ケンカを止めました。
 そういう経緯があり、物事を悪いほうに解釈してしまうために、本当はケンカをするようなことではないにも関わらず、顔中血だらけになってケンカしてしまう。それは全部自分の心が招いたもの。そういうことを、今思い出します。
 「明るく」ということは、たいへん大事なことです。人生のなかで、何でもないことのようですが、明るいということは非常に大事なことなのです。

2008年06月19日

「仲間のために尽くす」

稲盛塾長の講話です。

 (他に尽くすことは人格を高めていくための大事な行為)
 私は常に「世のため人のために尽くすことが人間として最高の行為です」と言っています。仲間のために尽くすということは、世のため人のためにという広い、社会的に尽くすということに較べて、非常に狭い範囲の利他行ですが、これはたいへん大事なことなのです。仲間のために尽くす、世のため人のために尽くすということは、これは美しい心の代表的な例です。同時に、仲間のために尽くす、世のため人のために尽くすということは、その人の心を美しくしていきますし、その人の心を純粋にしていきます。もしくは、その人の心、その人の人格を向上させていくために、これはたいへん大事な行為です。つまり、人のために尽くすということは、自分自身の人格を高めていくためのたいへん大事な行為なのです。
 仏教で言うと、「利他行」です。仏教では、他人のために尽くしてあげなさいという利他の行為をたいへん大事にします。そして、その利他を積むことが悟りへの道だと、仏は説いています。悟りへの道とは、つまり、人間性を高める、人格を高めることなのです。

 (仲間のために仕事をする精神がアメーバ経営方式の真髄)
 京セラは最初の頃からアメーバという小集団の独立採算制を敷いてきました。数名の経営者、ひと握りの経営陣が経営を考えるのではなく、全社員が経営者と同じようなマインド、考え方、精神で会社を経営していくのが一番強い組織体であろうと思ったのです。効率的な経営を目指す企業で、アメーバ経営的な小集団、もしくは事業部別独立採算制で経営を見ている企業は、もうすべてといっていいくらいです。私の場合には、それを更に小集団化したわけです。
 ところが独立採算の事業部制を採用した場合、よく問題になることがあります。たとえば、自分の事業を四つに分け、それぞれを独立採算で経営を見ていく場合、ひとつの事業部は非常に利益が出て、ひとつは赤字が出ている場合、どうするのかという問題です。
 一般的に、特にアメリカの場合は、収益に応じて、その部門の人達にボーナスをたくさん出すことがあります。つまり、成果による利益配分です。利益の成果配分という形をとる企業が、アメリカでは100%に近いといえます。日本でも、事業部別独立採算制を敷かれている場合には、そういう利益配分の仕方を採用している企業が多いのです。
 また同時に、利益が出たときにはボーナスをとてもたくさん出します、そのかわり、利益がある一定以下になったときにはボーナスはゼロです、という非常にドライな、ハッキリしたやり方をとる企業もあります。業績が上がりさえすれば、天井知らずにボーナスがもらえる。一般には3ヶ月、4ヶ月しかもらえないようなボーナスが、10ヶ月分も出る、15ヶ月分も出る。ところが、業績が悪いときにはゼロになってしまう。
 京セラのアメーバ経営方式では、独立採算で経営をしていきますが、アメーバのなかでたとえ業績がよくても、そこで給料が多いとか、ボーナスが多いということはありません。業績を上げた集団は仲間のために貢献をしてくれた、仲間のために業績をあげて、仲間を助けてくれたという賞賛をされることはあっても、給料、ボーナス等で物質的に報いることはしません。つまり、わが京セラという集団のなかでAというアメーバが非常に利益に貢献をしてくれ、利益の出ない部門もあったにも関わらず、会社全体を盛り上げてくれた。しかし、そのためにAというアメーバのボーナスが多かったり、給料が高かったりするのではなくて、仲間のみんなが、仲間のために貢献してくれたその集団に賞賛と賛辞を呈して終わりです。
 「なんでそんなことをするんだ?」「それでよくみんなが納得しますね」と、よく言われてきました。それはまさに創業のときから、仲間のために尽くすことが人間としてどのくらい立派なことか、何かをしてやったから代償をくれというのではなくて、無償で仲間のために尽くすことがどのくらい立派なことかということをずっと説いていますから、京セラの場合は、自分の事業部は利益が出たから、さあ、ボーナスをたくさんくれ、給料をもっと上げてくれということにはならないのです。これはたいへん大事なことです。
 では、なぜ私はよくやってくれた事業部にお金、物質でもって報いていかなかったのか。それは単純な人間心理の問題なのです。頑張ってうまくいけば、ボーナスがたくさんもらえる、給料が上がる。そうすると、もらった事業部は非常に士気が高まっていきます。そしてさらに高いボーナスをもらおう、給料も上げてもらおうと、さらに士気が盛り上がり、元気が出てきます。一方、それを目の前にした、うまくいかなかった事業部のほうは意気消沈していきます。そして、そういうことがあればあっただけ対比されますから、ますます意気が沈んでしまいます。つまり、ひとつの事業部が非常に元気よく活況を呈していくのに較べて、一方はそれに反比例して沈んでいくのです。それでは結局、全体としてうまくいくはずはありません。
 たとえば、意気消沈する事業部に「あんたも頑張りなさい。頑張ったら、必ずボーナスもたくさんになりますから、給料も高くなりますから」と励まして、その事業部も頑張ったけれども、なかなかうまくいかなかった。1年2年、頑張ってみてうまくいかなければ、人間というものは段々拗ねていきます。そしてひがんでいきます。
 そしてうまくいっていた事業部も、ますます事業がうまくいくかと思っていても、人生というもの、順風満帆にはいきません。きっとつまづいて、業績が落ちるときがきます。今までは、普通一般の企業の場合には2ヶ月、3ヶ月しかボーナスが出なかったところを、6ヶ月分も5ヶ月分も一度にボーナスをもらっていた人達です。その人達は、業績が悪くなったので、はい、今回のボーナスは2ヶ月しか出ませんよ、いや、1ヶ月分ですよ、いやいや、ゼロですよとなったとき、どうなるのか。5ヶ月、 6ヶ月分もらっているときには、たいへん喜んで盛り上がっていたのに、1ヶ月分しか出ないとなれば、本当に人間の心というものは手のひらを返したように意気消沈します。同時に、「これでは食べていけません」「5ヶ月分のボーナスがもらえるというつもりで、
実は住宅ローンを組んで住宅を買っています。ひと月しかもらえないのだったら住宅ローンの返済もできません」と、それが不満に変わってしまうのです。
 一方では、万年うまくいかなくて意気消沈している事業部がある。一方では、精々会社を引っ張ってくれるかと思っていた事業部まで、人間関係が崩れてしまう。あとは悲惨な状態になっていきます。いい状態を作ってあげれば、常にいい状態なら、人間はみんな頑張ってくれます。しかしながら、よかったり悪かったり、アップ・アンド・ダウンを繰り返したとき、人間の心は決して安定していきません。
 よく頑張ったところには賞賛をします、褒め称えます。周辺の従業員からも、あなた達がよく頑張ってくれたから、ウチの会社がうまくいっているんですと、いい事業部は賞賛されます。そして、うまくいっていない事業部の人達にも平等に、同じようなボーナスがもらえるのは、あなた達が頑張ってくれたからですと、社員全部か