「本音でぶつかれ」
稲盛塾長の講話
「本音でぶつかれ」
責任をもって仕事をやり遂げていくためには、仕事に関係している人々が、お互いに気付いた欠点や問題点を遠慮なく指摘しあうことが必要です。ものごとを「なあなあ」で済まさずに、絶えず「何が正しいか」に基づいて本音で真剣に議論していかなければなりません。欠点や問題に気付いていながら、嫌われるのをおそれるあまり、それらを指摘せずに和を保とうとするのは大きな間違いです。
ときには口角泡を飛ばしてでも、勇気をもってお互いの考えをぶつけあっていくことが大切です。こうした中から、本当の意味でお互いの信頼関係も生まれ、より良い仕事ができるようになるのです。
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仕事をしていますと、いろんな問題が出てきます。その問題を解決していこうと思えば、本当は本音で議論しなければならないのに、そういうことを上司に言ったのでは角が立つし、人間関係が崩れるのではないかと思って、どうしても建前で話をしてしまいます。それは世渡りをしていく術のひとつではあるのですが、企業のなかで本当に仕事をしていこうと思えば、建前やら通りいっぺんの常識論で仕事ができるわけがありません。本音でぶつかり、指摘し合うことがたいへん大事なのです。
では、みんな本音でぶつかっているのかといいますと、やってはいません。建前で仕事が進んでいるのが大半です。それはつまり、今までやってきた通常のルール、今までやった通りの手法、方法でやればいいではないか、というものです。通常のことを通常のようにやっている仕事が、一般の企業では大半を占めます。そういうところでは社交術、世慣れたお付き合いだけができればいいわけです。
たとえば大企業の場合でも、付き合い上手、そしてある程度のオベンチャラを言い、ゴマをすって、建前のきれい事を言っていれば立身出世もしていきます。しかし我々のような中小企業では、毎日毎日が修羅場です。その中で本当に仕事をしようと思えば、本音をぶつけ合わなければ仕事になるわけがないのです。それでも、なかなかできるものではありません。
たとえば、社内で何か問題が起るとします。不正とまでは言わないにしても、少しおかしいと思うような問題が起きる。その問題に同僚が気が付いても、上司に「誰々の挙動がおかしいんです」と言えば告げ口になってしまう、ええ格好をしようと思って告げ口をしたと思われてはたいへんだからと、おかしいと思いながらも見て見ないふりをする。こういうことは一般の企業にもあるはずです。ですから、相当問題がこじれて大きくならなければトップまで伝わってこないのです。このように「“人間として何が正しいのか”を根幹に置き、そして本音でぶつかっていくのが我々のフィロソフィです」と言い、みんなも「わかった。それでいきましょう」と了解していながら、その局面になるとできなくなるわけです。
本音をぶつけ、口角泡を飛ばしてでも真実を求めて、みんなで議論することは必要です。ただし、本音には条件があるのです。必ず建設的でポジティブな話をしなければなりません。建設的とは、みんなのために善かれという本音でなければなりません。ネガティブなもので、相手を中傷したり、足を引っ張ったりする、相手をダメにするための本音は、たとえそれが真実であっても御法度です。
建設的でポジティブな議論は、必ずといっていいくらい創造的で建設的な結論に導かれていきます。「こうだと思います」「それはそうや。おまえの言う通りや」とやっていくうちに、建設的で進歩的、創造的な結論に、必ず到達していくはずです。

