前線の指揮、後方の指揮、機を見て応変に
稲盛塾長の講話から
前線の指揮、後方の指揮、機を見て応変に
「率先垂範する」とは、部下を従えて、先頭を切って仕事をしなさいということです。先頭を切って、自分が先頭に立って仕事をしなければなりません。
これはリーダー論になりますが、リーダーというのは、率先垂範しなければならないと思っています。ですから、先頭を切って自分で仕事をし、その後ろ姿で部下を教育する、教えるのが正しいことだと思って、私は最初から仕事をしてきました。ところが、リーダーが先頭を切って仕事をするのは本当に正しいんだろうかという考え方も一般にはあります。
では、トップはどこにいるのが正しいのか。私は中小零細で会社を始めた当時からそれが問題であり、疑問でした。
リーダー論の本を読みますと、トップ、つまり社長は最前線に出ることも大事かもしれないが、それによって大局を見誤ってはならないということがよく出てきます。経理の問題、教育の問題、人事の問題、総務の問題、または技術の問題、工場の問題、そういうものを広く見渡して、すべてに的確に指示を与えていかなければならないのが社長ですから、そのためには全体が見渡せるような高い丘の上にのぼり、そこから全軍の指揮を打つのが正しいはずだということが、一般のリーダー論のなかにあります。また、そういうリーダー論を読んで、そういうことをやっておられる社長さんはたくさんおられますが、私はどうもそうではないように思うんです。
一線の営業マンと苦楽を共にする。たとえば、戦争映画では、最前線で塹壕を掘って、土砂降りの雨のなか、そこに這いつくばり、敵から打ち込まれてくる銃弾のなかを必死で防戦している。たしかに、最前線の塹壕のなかで泥水をすすりながら兵を励まし、ともすれば崩れそうな自分の陣地を叱咤激励をし、最前線に踏み止まっている部隊長、大将は素晴らしいという評価もあると同時に、そういう考えなしでやっているものだから、その局面は守れたかもしれないが、一方の右翼、左翼の陣が打ち破られて、結局は敗走に継ぐ敗走をして全滅してしまったではないか。あの考えなしの部隊長が格好よく最前線に行き、一部の兵に素晴らしい部隊長だと誉められて、それに酔ってしまっているものだから大局を見失ってしまって、わが部隊は全滅したという
非難を受ける例もあるのです。
かといって、最前線では凄惨を極め、互いに弾薬が切れて白兵戦になり、敵味方入り乱れて銃剣で血だるまになって戦っているという悲惨な状況も知らないで、後方の丘の上に陣取り、悠々と戦況を見ている。だから、いくら戦況の報告があっても、その緊迫感が伝わらないために戦局を誤る司令官の例もあります。後方にいて見ていたらいいのか、前線に行ったらいいのか。
私は、どちらも真理なんだと思います。後ろにいて全軍を見渡して指揮を打つのも真理です。最前線で兵と苦楽を共にし、死線をさまよいながら、みんなを叱咤激励するのも真理です。ですから、どちらかに偏っていてはいけないのだということだけはわかりました。
前線だけで働いていたのでは戦局を誤ってしまいますから、前線で兵を叱咤激励し、みんなと一緒に苦労しながら、取って返して後方に行き、全体を見渡して仕事をする。臨機応変に行ったり来たりすることが必要です。しかし一番大事なことは、やはり、社員の先頭を切って自分が仕事をするという勇気です。私はそう思ったので、率先垂範するということを言っているのです。
この率先垂範は社長だけの問題ではありません。営業を任せている部長、課長もそうでなければなりません。工場でモノを作っている課長もそうです。人をアゴで動かすだけが能ではないはずです。自分自身で自分の手を染めてやっていくような人でなければなりません。そういう意味でございます。

