「知識より体得を重視する」
稲盛塾長の講話より(NO.5)
「知識より体得を重視する」
「知っている」ということと「できる」ということはまったく別です。たとえば、セラミックを焼成するときの収縮率の予測一つをとってみても、この事実はよくわかります。文献などで得た知識に基づいて、同じ条件で焼成を行なったつもりでも、実際に得られる結果はその都度違ってくるということがよくあります。本の上での知識や理屈と実際に起こる現象とは違うのです。経験に裏打ちされた、つまり体得したことによってしか本物を得ることはできません。このことは営業部門であれ、管理部門であれ、全く同じで、こうしたベースがあってこそ、はじめて知識や理論が生きてくるのです。
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たとえば、8種類のセラミック原料をある比率で混ぜ、均一に混ざるよう撹拌する装置を使います。そして形を作り、高温の炉で焼けばセラミックができると文献でも本でも書いてあります。かといって、その通りの原料を何種類か買い、その通りの比率で混ぜ、形を作り、その通りの温度で焼いても、文献通りのものはできません。それは何種類かの粉をある比率で混ぜるとき、どこまで混ぜるのかによって違ってくるからなのです。
今度は混ざり方だけではなくて、形を作るときにも違いが出てきます。ただ粉を混ぜて形を作って、中に気孔が入ったボソボソのものができあがってしまったのでは、最初に自分が期待したような性質のものはできません。しかし文献にはどのくらいの圧力で、どのくらいの結合力で形を作ればいいのかということは書いていません。
また、何度で焼けばいいとは書いてありますが、いきなりその温度の炉に入れればパーンと割れてしまって粉々になってしまいます。ですが、どういう温度でゆっくり上げていくのか、どの角度で上げていくのかという問題は本には書いていません。それらは全て自分の経験でやっていかなければならないわけです。
経営者の皆さんも自分の専門ではない分野にまで入っていかれるときに技術屋を使われる事と思います。その技術者が言う話を、知識として言っているのか、実験をし体験をして言っているのか、分けて聞かなければならないのです。たとえば、最初にセラミックというものがあって、そのセラミックを使ってあるものを作っていこうとするときに、元々のセラミックの作り方もわかっていない、作ったこともない、理屈だけしか知らないのに、その上にあるものを作って行こうとするなんて、いくら実験してみてもうまくいくはずがありません。「知っている」ことと「できる」ことは違うのです。
学問が進んでいますから、みんな頭でっかちになっています。そして本人自身も、その理屈だけで、あたかもできるかの如く錯覚をしているわけです。ですから、そういう若者達には実践を通じて、「それを裏打ちしてみい」と言うことが必要です。「ウチの会社に来たなら、おまえがそうすれば売れると思うなら、おまえに車を1台貸してやる。売ってみい。そしてそれを証明してみい」 そうやって若者に頭をぶつけさせ、自分で体得したものを彼に作らせる。そうすれば、理論があるだけに鬼に金棒になっていきます。
これはコンサルタントの場合もそうです。有名なコンサルタントを雇って指導を受ける場合には、その人に実績があるかどうかを見なければなりません。皆さんは理屈を知らないだけで、実践している皆さんのほうが遙かに偉いんです。ですから、理屈ばかりこねまわすようなコンサルタントにお金を払い、教えてもらうことぐらいバカらしい事はないと思います。
話を聞くなら、実績のある人です。自分でやり、自分の身体でわかっている人の話を聞くのならいいんですが、理屈だけの話には何の値打ちもありません。

