「完全主義を貫く」
稲盛塾長の講話です。
(わずかなミスが結果のすべてを水泡に帰す)
セラミックを作るときは、最初は何種類かの材料を混ぜ、それを形作って高温で焼きます。次には、焼いたものを研磨したり、メタライゼーションという金属化をさせたり、製品化するまでには非常に長い工程があります。そうして何十という工程を経て最終製品になるのですが、そのなかの一つの工程でも失敗しますと、全部ゼロになってしまいます。それまでに注ぎ込んだ材料代から加工代、電気代、あらゆるものすべてがゼロになってしまいます。つまり、わずかコンマ何%というミスが工程のなかで一回起っただけで、それまでの努力がすべて水泡に帰してしまう、全部ムダになってしまうのです。ですから、一瞬の気の休まる間がないくらいの完璧主義、パーフェクトを狙っていかなければならないのがモノづくりの世界です。
昔、私が実験をしていたときに、こういうことがありました。
原料の粉末を混ぜるとき、実験室でやるときには、純粋なメノウでできた乳鉢と、すりこぎを使います。そして、自分でこういうセラミックを合成しようと思って、自分で計算した材料を入れ、その材料をすり潰そうとするときには、メノウ同士が擦れたことによって出てくるシリカ分もプラスされますから、それも前もって予測して計算しなければならないのです。
ところが、ゴリゴリ、ゴリゴリと混ぜていくと、その時間が経てば経つほどメノウのすりこぎから、またメノウの乳鉢から出てくるシリカ分が加わっていきます。ですから、長く混ぜれば完全によく混ざりますが、同時に不純物としてシリカも入ってくるという問題があるのです。
また、セラミックというのは、石ではないが、固い石の粉みたいなもので、たとえばメリケン粉を想像してもらうとわかりやすいと思います、そこに色の違ったメリケン粉を入れるとします。最初、まばらになっていたものが、一生懸命に混ぜていくうちに均一に混ざってきます。
ところが、液体だときれいに均一に混ざったことになりますが、粒ですと、どこまでを混ざったというのかという限界があるわけです。よく混ぜてモノを作ろうと思っても、どこまでを混ざったというのかということも問題になってきます。
乳鉢ひとつで混ぜる、またはポットミルという回転するミルで混ぜる。それでも完全に混ざったというのは、どの時点を言うのだという。哲学問答みたいなものです。
ですから私は、乳鉢で擦りながら、よく「どこまでを混ざったとすればいいのか。完全に混ざるというのは、どういうことなのか。混合というひとつだけでもたいへんなことなんだな」と考えながら実験をしておりました。つまり、すべてのものが完全でなければ、自分の理想とするものは作れないと、自分で感じていたわけです。
昔、まだチッポケな会社の時代には、私どもの場合は注文生産でした。営業が東芝に行き、東芝の方々と打ち合わせをして、こういうセラミックを納期○○までに作ってくださいと言われる。営業は「間に合わせましょう」と言って引き受けてきます。東芝さんは、そのセラミックをもって真空管を作ろうと準備しておられますから、その期日までに作って納めなければなりません。そのときに限って、もうギリギリの最後のところで、製造がちょっとしたミスをしてしまいダメになるわけです。そのセラミックは、最初に粉を混ぜてから15日間かかるものなんです。ですから、最終の出荷の手前で失敗されると、あと15日かかる。夜、寝ないでやっても15日かかるわけです。お客さんには15日間、待ってもらわなければなりません。
東芝さんからは、納期が 15日遅れるというので、営業がこっぴどく怒られます。「おまえのところみたいなボロ会社に頼んだばっかりに、オレの会社は潰れるやないか」てなことを言われる。それをモミ手をして何とか許してもらって、半ベソをかきながら帰ってきて、「社長、二度と取り引きせんと怒られています……」。そういう辛酸をなめてきていますから、たったわずかなミスでもえらいことになると知っているのです。京セラでは完全主義を旨としてやってきました。
(ベストとパーフェクト)
会社ができて20年ぐらい経った頃でした。フランスの名門企業で、シュランベルゼーという会社があります。石油の掘削をしていくときに、電波や地磁気を使ってどのくらい掘れば油の層に突き当たるのか、測定をする専門の会社です。地球上で掘削用のリグが動いているところにはシュランベルゼーの技術屋が派遣されていて、現地で測定して指導をしています。
そのシュランベルゼー社の当時の社長が、今から20年前、私が新聞雑誌でいろんなことを喋っているのを見ておられたらしく、来日されたときに、わざわざ京都へ訪ねて来られました。私はシュランベルゼーがどういう会社かもよく知らなかったのですが、会ってみましたら、素晴らしい哲学を持った経営者なのです。
その方が、どうしても私に会って、経営哲学を語り合いたいと京都に見えられたのです。さすがにシュランベルゼーを世界有数の石油掘削の測定会社にした人だけあります。私も感銘を受けました。
彼も私に感銘を受けたというので、彼が米国アリゾナのスコットディールに所有しているプライベートな別荘で、あなたと経営哲学を語り合いたい。できれば京セラの幹部数名、シュランベルゼーの幹部役員数名とで、ひと晩、ぜひ経営哲学を語り明かしたいと、彼から招待を受けました。いまだかつて経営者同士が集まって哲学を語り合ったことは、日本においてもありません。その後も一度もありません。
京セラがまだ世界的に有名になっていなかったときですが、幹部を数名連れて、アリゾナのスコットディールに彼を訪ねました。
シュランベルゼーのモットーのなかに「ベストを尽くす」という言葉がありました。シュランベルゼーは世界一の石油掘削の測定用の会社です。世界中からオーダーを受けてヘルプしています。ロシアであれ、中国であれ、どこであれ国境を越えて、どの国でもシュランベルゼーを使わなければ石油が掘れないという、そういう特殊な技術を持っている会社です。その会社のモットーが「ベスト」で、京セラは「パーフェクト」です。
夜、議論になったのは、そのことでした。シュランベルゼーはベストを狙う。京セラはパーフェクトを狙う。ベストとは、より良い、最高にいいものという意味ですが、私はモノづくりの精神からいって、最高にいいものであっても、ちょっとした瑕疵、傷があるだけで、我々の場合には全部パアになってしまう。つまり、完璧、パーフェクトでなければならないというので、パーフェクト論とベスト論で深夜まで議論が続きました。最終的には「いやあ、まいった。その通りだ。今後ベストを止めて、ウチもパーフェクトに変えようと思う」と言われました。
完全主義とはいっても、完全なことができるわけがないのです。ないのですが、その完全主義を貫いていこうということをフィロソフィのなかに入れて、みんなで努力しているわけです。

