「仲間のために尽くす」
稲盛塾長の講話です。
(他に尽くすことは人格を高めていくための大事な行為)
私は常に「世のため人のために尽くすことが人間として最高の行為です」と言っています。仲間のために尽くすということは、世のため人のためにという広い、社会的に尽くすということに較べて、非常に狭い範囲の利他行ですが、これはたいへん大事なことなのです。仲間のために尽くす、世のため人のために尽くすということは、これは美しい心の代表的な例です。同時に、仲間のために尽くす、世のため人のために尽くすということは、その人の心を美しくしていきますし、その人の心を純粋にしていきます。もしくは、その人の心、その人の人格を向上させていくために、これはたいへん大事な行為です。つまり、人のために尽くすということは、自分自身の人格を高めていくためのたいへん大事な行為なのです。
仏教で言うと、「利他行」です。仏教では、他人のために尽くしてあげなさいという利他の行為をたいへん大事にします。そして、その利他を積むことが悟りへの道だと、仏は説いています。悟りへの道とは、つまり、人間性を高める、人格を高めることなのです。
(仲間のために仕事をする精神がアメーバ経営方式の真髄)
京セラは最初の頃からアメーバという小集団の独立採算制を敷いてきました。数名の経営者、ひと握りの経営陣が経営を考えるのではなく、全社員が経営者と同じようなマインド、考え方、精神で会社を経営していくのが一番強い組織体であろうと思ったのです。効率的な経営を目指す企業で、アメーバ経営的な小集団、もしくは事業部別独立採算制で経営を見ている企業は、もうすべてといっていいくらいです。私の場合には、それを更に小集団化したわけです。
ところが独立採算の事業部制を採用した場合、よく問題になることがあります。たとえば、自分の事業を四つに分け、それぞれを独立採算で経営を見ていく場合、ひとつの事業部は非常に利益が出て、ひとつは赤字が出ている場合、どうするのかという問題です。
一般的に、特にアメリカの場合は、収益に応じて、その部門の人達にボーナスをたくさん出すことがあります。つまり、成果による利益配分です。利益の成果配分という形をとる企業が、アメリカでは100%に近いといえます。日本でも、事業部別独立採算制を敷かれている場合には、そういう利益配分の仕方を採用している企業が多いのです。
また同時に、利益が出たときにはボーナスをとてもたくさん出します、そのかわり、利益がある一定以下になったときにはボーナスはゼロです、という非常にドライな、ハッキリしたやり方をとる企業もあります。業績が上がりさえすれば、天井知らずにボーナスがもらえる。一般には3ヶ月、4ヶ月しかもらえないようなボーナスが、10ヶ月分も出る、15ヶ月分も出る。ところが、業績が悪いときにはゼロになってしまう。
京セラのアメーバ経営方式では、独立採算で経営をしていきますが、アメーバのなかでたとえ業績がよくても、そこで給料が多いとか、ボーナスが多いということはありません。業績を上げた集団は仲間のために貢献をしてくれた、仲間のために業績をあげて、仲間を助けてくれたという賞賛をされることはあっても、給料、ボーナス等で物質的に報いることはしません。つまり、わが京セラという集団のなかでAというアメーバが非常に利益に貢献をしてくれ、利益の出ない部門もあったにも関わらず、会社全体を盛り上げてくれた。しかし、そのためにAというアメーバのボーナスが多かったり、給料が高かったりするのではなくて、仲間のみんなが、仲間のために貢献してくれたその集団に賞賛と賛辞を呈して終わりです。
「なんでそんなことをするんだ?」「それでよくみんなが納得しますね」と、よく言われてきました。それはまさに創業のときから、仲間のために尽くすことが人間としてどのくらい立派なことか、何かをしてやったから代償をくれというのではなくて、無償で仲間のために尽くすことがどのくらい立派なことかということをずっと説いていますから、京セラの場合は、自分の事業部は利益が出たから、さあ、ボーナスをたくさんくれ、給料をもっと上げてくれということにはならないのです。これはたいへん大事なことです。
では、なぜ私はよくやってくれた事業部にお金、物質でもって報いていかなかったのか。それは単純な人間心理の問題なのです。頑張ってうまくいけば、ボーナスがたくさんもらえる、給料が上がる。そうすると、もらった事業部は非常に士気が高まっていきます。そしてさらに高いボーナスをもらおう、給料も上げてもらおうと、さらに士気が盛り上がり、元気が出てきます。一方、それを目の前にした、うまくいかなかった事業部のほうは意気消沈していきます。そして、そういうことがあればあっただけ対比されますから、ますます意気が沈んでしまいます。つまり、ひとつの事業部が非常に元気よく活況を呈していくのに較べて、一方はそれに反比例して沈んでいくのです。それでは結局、全体としてうまくいくはずはありません。
たとえば、意気消沈する事業部に「あんたも頑張りなさい。頑張ったら、必ずボーナスもたくさんになりますから、給料も高くなりますから」と励まして、その事業部も頑張ったけれども、なかなかうまくいかなかった。1年2年、頑張ってみてうまくいかなければ、人間というものは段々拗ねていきます。そしてひがんでいきます。
そしてうまくいっていた事業部も、ますます事業がうまくいくかと思っていても、人生というもの、順風満帆にはいきません。きっとつまづいて、業績が落ちるときがきます。今までは、普通一般の企業の場合には2ヶ月、3ヶ月しかボーナスが出なかったところを、6ヶ月分も5ヶ月分も一度にボーナスをもらっていた人達です。その人達は、業績が悪くなったので、はい、今回のボーナスは2ヶ月しか出ませんよ、いや、1ヶ月分ですよ、いやいや、ゼロですよとなったとき、どうなるのか。5ヶ月、 6ヶ月分もらっているときには、たいへん喜んで盛り上がっていたのに、1ヶ月分しか出ないとなれば、本当に人間の心というものは手のひらを返したように意気消沈します。同時に、「これでは食べていけません」「5ヶ月分のボーナスがもらえるというつもりで、
実は住宅ローンを組んで住宅を買っています。ひと月しかもらえないのだったら住宅ローンの返済もできません」と、それが不満に変わってしまうのです。
一方では、万年うまくいかなくて意気消沈している事業部がある。一方では、精々会社を引っ張ってくれるかと思っていた事業部まで、人間関係が崩れてしまう。あとは悲惨な状態になっていきます。いい状態を作ってあげれば、常にいい状態なら、人間はみんな頑張ってくれます。しかしながら、よかったり悪かったり、アップ・アンド・ダウンを繰り返したとき、人間の心は決して安定していきません。
よく頑張ったところには賞賛をします、褒め称えます。周辺の従業員からも、あなた達がよく頑張ってくれたから、ウチの会社がうまくいっているんですと、いい事業部は賞賛されます。そして、うまくいっていない事業部の人達にも平等に、同じようなボーナスがもらえるのは、あなた達が頑張ってくれたからですと、社員全部から賞賛される。私は、会社を運営する以上、つまり小集団に分け、すべてを独立採算にして評価をする以上、名誉だけを与えるという形をとってきました。全員で努力をし、平均して、みんなが高い生活レベルを維持できるようにと考えたからなのです。
小集団で独立採算という経営をしていきますと、ともすると、利益が出た部門の人間は、天狗になり、高い給料をもらいたい、ボーナスをもらいたいというふうになっていきます。そのためにも、創業のときから「仲間のために尽くす」ということを、強くみんなに言ってきたのです。

