「ガラス張りで経営する」
京セラフィロソフィーご紹介
京セラは、会社の経営内容を全社員に公開しています。
自分達のアメーバの利益がいくらで、その内容はどうなっ
ているかということを公開しているのです。
なぜ公開をしたのか。とかく従業員は「経営者は、我々
従業員をこき使って、自分だけいい目をしているのではな
いか、利益を独り占めしているのではないか」と思いがち
です。そのため、京セラでは、社長といえども交際費が要
るならば、接待許可を求める稟議書を起こさなければなり
ません。交際費を含め、一銭一厘といえどもすべて開示し、
透明性の高い状態で経営をしているのです。
経営者として交際費くらい自由なほうがいいと思うでしょ
うが、そのようなことが少しでもあると、経営者としての迫
力がなくなります。後ろめたさというものがあると、従業員
を使っていく場合に迫力がなくなるのです。
経営には、公明正大というものが必要です。会社は一切
不正なことをしていないし、経営者といえども給料で生活し
ている。そのような公明正大さが経営者としての迫力を生
み、自信を強め、勇気を与えてくれるのです。
一般には、経営者として苦労しているのだから、少しくら
いいい目をしてもいいとつい思いがちです。しかし、それで
後ろめたさを持つよりも、従業員を引っ張っていく迫力、自
信、勇気を持つほうがはるかに得なことではないかと思い
ます。
しかし、経営者という仕事はわりが合いません。銀行か
らお金を借りるときは、株式会社や有限会社では有限責
任であるはずですが、日本の金融制度の下では、「社長
の個人保証が必要」と言われ、自分の家屋敷を担保にし
なければなりません。
責任は山ほど重いわりに従業員からは社長だけいい目
をしていると思われ、ガラス張り経営をすればするほど、一
番分の悪い仕事が経営者になってきます。重い責任の代
償にと、高い給料をもらったところで、日本の税法では累
進課税により懲罰的とも言えるほどの高い税金を取られ
るわけで、どうせ税金に持っていかれるのならと結局少な
い給料で辛抱している訳です。そのような犠牲的な精神
を持っていないと、やはり人間ですから、欲につられて透
明性の高い経営ができなくなってしまうのです。
アメリカでは、経営者の苦労に報いるだけの報酬を出
しています。日本も次第にそのような方向へ行くのでは
ないかと思いますが、仏教的な倫理観もあり、恐らくア
メリカほど大きくは変わらないと思います。しかし、そうで
あったとしても経営者というのは、社会的正義を守ること
も含め、たいへん立派なことをしているということを理解し
ていただきたいと思います。

