最上不変の人格
稲盛塾長の講話より
最上不変の人格とは、仕事に打ち込むなかで作り上げられる
先月末、アメリカ・ワシントンにある戦略研究所で「リーダーとは(リーダーシップと創造性と価値観)」という題のセミナーがあり、スピーチを頼まれていましたので、行ってまいりました。
私は「リーダーのあるべき姿」というテーマで、人格が素晴らしいからリーダー足りうるのだ、という人格論を冒頭に掲げて、ではそういう人格はどうしてできるのかということを話しました。
あの人は立派な人格を持っているから、我々のリーダーになってもらおう、となりますが、その人格はその人固有のもので、全然変わらないものではありません。たとえば、非常に真面目で立派な人格者だと思っていたのに、その人がリーダーになり、リーダーを続けているうちに、みんなからチヤホヤされて、段々傲慢になり、最初のときとはまったく違った人柄になってしまうということがあります。つまり、人格は変化するんです。境遇によって、また環境によって、また自分自身の状況によって変わるんです。
では、変化しない人格というものはどうして作られるのか。私は内村鑑三が書いた『代表的日本人』のなかにある、二宮尊徳を例に挙げてお話をしました。二宮尊徳は日本の江戸時代の農民で、朝は朝星、夜は夕星をいただくまで、鍬一本、鋤一本を担いで田畑に出て農作業を繰り返しておりました。そして非常に貧しい農村を、次から次へと豊かな農村に変えていくという、素晴らしいことをされた人です。二宮尊徳があまりにも素晴らしい業績をあげていくので、貧しく疲弊した村の再建のために、日本各地の殿様が「私の国の村が疲弊しているので助けてほしい」と、彼を呼ぶようになります。彼もそれを次から次へと引き受けて、富める豊かな素晴らしい村へと変えていきました。
やがて、当時の江戸幕府にもその噂は広がり、晩年には、尊徳を殿中に住まわせるまでになります。そのときのことを、内村鑑三は名文で表現しています。氏素性、生まれも育ちも貧しい家に生まれ、教養も何もない一介の農民である二宮尊徳が、侍や貴族と同じように裃を着けて城に上がり、交わる。そのときの物腰、喋り、言っている内容、すべてが素晴らしいもので、交わるみんなが、彼はどこの生まれなのかと思うぐらい、目を見張るような言動であったといいます。
朝から晩まで農業しかやっていない人が、物事の本質を究めたために、殿中で貴族や武将とお付き合いをしても、何ら遜色がないどころか、その人達から尊敬を受けるぐらいに素晴らしいものを、尊徳は身に付けていたのです。
つまり、人格というようなものは、仕事に打ち込むことによって身に付いていくのであって、なまじっか学問をし、勉強をし、本を読んで身に付いていくものではないということです。
セミナーでは、「物事に打ち込んで打ち込んで人格を作り上げたような人を、すべての組織のリーダーに選ぶべきです。そうすれば、間違ったリーダーを選び、その集団を不幸に陥らせることはないはずです」と話を結びましたけれども、物事を究めるということは、そういうことにも通じていくわけです。